「……は?」
決して頭の回転は悪くないと内心自負している私も、これには馬鹿のような声を出して聞き返すしかなかった。
よりによってこの男、「ジェイドの子供が見たいです……」などと口にしたのだ。
ちなみに私は寝台に俯せてぼんやりとしている最中で、これはその隣で焦点の合わぬ虚ろな瞳を天井へと向けている。二人並んでシーツに身を包み、その下には何も身に付けていない。
昔から馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、まさか自分の性別を忘れる筈はないだろう。これはあれだろうか、婉曲に別れを切り出されているのだろうか。
「すみません、もう一度言ってくれませんか」
往生際悪く聞き間違いの可能性を検討している私に顔を向け、
「もう、ジェイドはいつだって私の話を聞いてくれないんですから」
サフィールは唇を尖らせ難詰した。とはいえ拗ねた口調に反して表情は柔らかく、本心から怒っていないと一目瞭然である。
仰向いたまま首だけを曲げて私に顔を向ければ、寝乱れた銀の髪が敷布の上や肉付きの薄い鎖骨に纏わり付いた。疲れた風に見えるのは、疲れるようなことを先程まで行っていたからだろう。まじまじと観察する私の視線は気にならないのか、再びサフィールは私から天井へと視線を戻した。何となく気に入らない。
「興味あるじゃないですか、ジェイドに子供がいたらどんなだろうって」
ネフリー以外は私達みんな独身ですけど、本当なら子供がいたっておかしくない年齢ですし…などと、相変わらず鈍いこの男は私の機嫌には全然気付かないまま太平楽な口調で喋り続けている。そもそも私が聞き返した所為なのだが、いや、だからこそ余計に腹が立つ。
「きっとジェイドの子供の頃に似て、格好良くて可愛くて頭が良いんでしょうねぇ。あなた、アッシュのレプリカ達と旅をしていた時は子守みたいなことをしてたじゃないですか、きっと子育ても向いてますよ」
……要は、うっとりと目を細めるこの馬鹿は居もしない架空の子供に夢を見る余り、子を成す為には私が女性との交渉を持たなければならないという事実が、完全に頭から抜け落ちてしまっているのだ。馬鹿にも程がある。しかもそれは過去の私を懐かしむという、相変わらずの女々しい回帰願望が根底にあっての思考である。
「そんなに私そっくりのモノが欲しいなら、子供と言わずレプリカでも作れば良いじゃないですか」
硬い声音になったのは自分でも判ったが、一度口にしてしまった言葉は無かったことには出来ない。フォミクリーを禁忌とした男の言う台詞ではないという認識も自己嫌悪も当然あるが、今のことがなくてもずっと疑問に思ってはいた。
ダアト時代に何故サフィール……ディストは、私のレプリカを作ろうとしなかったのだろうか、と。
反抗的な態度を取ってはいたが、これが私に執着し続けていたことは疑いない。レプリカ情報は共同研究をしていた時代に実験で採取したものがあったし、私が手を引いていた間も研究を重ねこの世界随一のフォミクリー学者となっていたディストが、何故それを試みなかったのだろう。現在の技術では情報を抜いた時期から半年以上時を遡るレプリカは作成出来ないが、今後の研究次第ではそれこそ子供の姿を模したレプリカも作れるようになるかもしれない。
「え?そっ…そんなことしませんよ」
私の不機嫌は流石に伝わったようで、急にごそごそと身動いで私から距離を取ろうとするサフィールは、この期に及んでも怒りの原因までは理解していないらしい。私の顔色を窺いつつ、心底不思議そうにきょとんと見上げてくる。
「だってレプリカはジェイドじゃないでしょう?」
……馬鹿だ。
その理屈なら、ネビリム先生を生き返らせるという夢はどうなるのだ。私とサフィールが人生の大半をかけて追い求め、逃げ出し、振り回されたあの日々は。何故そんなに迷いなく、自明の理であるかのように。
私はこめかみを押さえ、大きく溜息を吐いた。
「……やっぱり子供なんて要りませんよ、私は」
「ジェイド?どうしたんです?」
「お前の面倒を見るだけで精一杯ですからね。これ以上はとてもとても」
「なっ……キイィ!また私を馬鹿にしてっ!!」
「馬鹿を馬鹿にして何が悪いんです」
たまに仏心を出して話を聞いてやればこれだ。この馬鹿の言うことなど、右から左へ聞き流しておいて構わない戯言ばかりなのだから、まともに取り合うだけ損である。
「ジェイド……ひどい……」
「はいはい。そもそも私が子育てが得意な男だなんて、見る目がないにも程がありますよ、お前」
我ながら、これほど向いていない分野も他にないだろうと思うくらいだ。
ぐすぐすと泣き出したサフィールを引き寄せれば、胸元に懐いて鼻を啜っている。宥めるつもりで肩や背中を撫でていれば、掌に感じる素肌の感触や胸元を擽るサフィールの吐息に、段々と困った気分になってきた。
「ジェイド……」
伏せられた顔を掴んで無理矢理仰向けてみれば、サフィールも同じ状態らしく、頬を紅潮させておずおずと私の髪を引っ張ってくる。焦らしはせずに、望みのまま唇を重ねてやった。唾液を交換しながら細い体を敷布に押し付け、乗り上げる。
……一生子供を持つことはない理由をこの馬鹿に懇切丁寧に説明してやるなど、それこそ馬鹿らしくてやってられないが。