相手の存在を強く意識しているのに話す言葉がない。沈黙は居心地が悪いけど、それは擽ったいような居心地の悪さで不快ではなかった。
「眠い?」
アルの沈黙には他意がなかったのだろう、物言いたげなオレの視線に気付いて、気遣うような笑みを見せると耳元で囁いてくる。
「ん……」
否定したつもりの呟きは自分で思う以上に鼻に掛かって、本当に眠たそうに聞こえる。
それに眉を顰めたオレをどう思ったか、弟の顔に宿った微笑はますます深まった。
「ボクの肩に寄りかかりなよ」
「悪ィだろ……」
「遠慮しないでよ、水臭い」
強いて断るのもそれこそ水臭いような気がしたので、言われるままに隣の肩に頭を凭れ掛からせる。
肩の位置は丁度良くて、つまりそれが示すのは弟の方がオレより僅かに(ということにしておく)背が高いという事実に他ならず、オレとしては少々腹が立つ。とはいえここで怒り出せばただでさえ希薄な兄の威厳が致命傷を負いそうなので、文句は呑み込んで目を瞑ることにした。
閉じた眼は乾燥し過ぎて痛いし、意識は冴えてとても眠れないと思ったけれど、寝不足の所為か驚くほど簡単に意識が遠退いていくのを感じる。
それを無理に引き止めなかったのは、眠っていれば無理に口を開く必要性がないと気付いたからだ。
規則的に響くのは汽車の振動だが、その中にアルの心音も混じっている気がして、オレはうっとりと微睡む。
その体の温もりが、少々見慣れない青年の姿を見つめる以上の実感を与えて、
「お休みなさい、兄さん……」
数年ぶりに生きていて良かったなんて恥ずかしいことを思いながら、オレはゆっくり意識を手放した。
そのまま二人して目的地の駅を寝過ごしてしまい、オレ達は無人のホームで腹を抱えて大爆笑することになる。