久しぶりに風呂の付いた部屋を確保して、アルフォンスは我が事のように喜んでいた。
辺境の田舎に行けばシャワー設備すらない宿もあるし、あっても共用だったりすることもあるが、それが気になったことはない。
陶器の浴槽は足を伸ばせる程に広々としていて、国から支給される潤沢な研究費を無駄遣いしていると一目瞭然だったが、アルは体調管理も立派に研究の一助だと鎧の空洞を震わせて笑う。
オレは風呂が嫌いだ。
透明の湯に身を浸すと、表皮の汚れと共に様々な澱が身の内から溶け出していく、そんな錯覚が厭だ。
体を洗うのも忘れて浴槽の中に沈み込んでいれば、簡単に時間の感覚を失った。
頭に血がのぼって意識が朦朧としてくる。体全部が溶け出して形を失いそうなのに、鋼の右腕と左足だけが酷く重い。あんまり漬けていると錆びてしまいそうだ。
風呂から上がった後はしっかりと手入れをしないとアルが怒る。面倒臭いが仕方ない。
……だから厭なのだ。
「兄さん、長すぎ。溺れてない?」
兄ちゃんはしっかり溺れてるぞ、弟よ。
「ばーか。お前、心配しすぎ」
正直に告げる代わりに、窮屈そうに浴室の扉を潜ってきたアルに手を振った。雫を弾く自由な右手は、まだ輪郭が明瞭りしている。
「でも大丈夫?本当にのぼせたりしてない?」
がしゃがしゃと軋む鎧の音が常よりも反響する。自分に五感が備わらない分、兄の体調を気遣うこと甚だしい弟だ。
鈍く光る鎧の表面には、うっすら汗をかいたように水滴が付着している。それが愉快でオレはアルの腕を取って口付けた。
「体、洗って?」
「ええ?まだ浸かってただけ?」
上目遣いに強請ると、呆れた鎧が一際大きくがしょんと鳴った。
「ボク錆びちゃうかも」
「なら風呂上がり、オレの機械鎧と一緒に手入れしようぜ」
オレは笑う。……気付かれませんように。
この腕が脚が、錆びてすっかり動かなくなってしまったら、そんなことを期待しているだなんて。
「お前だって洗った方がいいに決まってるだろ」
「ボクはちゃんと磨いてるもん!そんなこと言って兄さんてば、機械鎧の手入れもボクにさせるつもりでしょ?」
「ちぇ、バレてるか」
「全くもう、ものぐさなんだから……」
少し躊躇って、アルは浴槽に掛けたタオルを手に取った。口では色々言ってても、結局この弟はオレに甘い。全くもってベタベタだ。
そんなに優しくしないでくれ。
だからといって、軽蔑されるのは何よりも怖い。
決して諦めたいんじゃない。疲れたなんて有り得ないけど。
些細なことで投げ出してしまう自分を知っているから、だから風呂は嫌いなのだ。
 
 
 
 
 
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