マスタングは些細な失敗をした。
久しぶりにイーストシティを来訪した鋼の錬金術師と夕食の約束をし、そうして予定を書き込もうと手帳を広げてみれば、某女性とのデートで升目は既に埋まっていたのである。
相手は違うがダブルブッキングは初めてでない色男29歳は暫し顎に手を当てて黙考し、然程もせず最初に入れた予定を優先させることに決定した。
少年が一週間ほど滞在することを上司として把握していたこともあるが。
「いや、だって、鋼のだろう?」
理由にならない理由を一人ごちると、マスタングは軍の回線を私用に使用すべく受話器を手に取った。
「すまない、急ぎの仕事が入ってね」
「あ、そう」
お定まりの口実を捏造すれば、ホテルのフロント係に呼び出して貰った相手は文句も言わずあっさり承諾する。日頃の不満を脇に置き、この時ばかりは少年の淡泊さを有り難く思うマスタングだった。
† † † それで済むなら軍隊も憲兵も要らないという話。 † † †
しっかりと、―――翌日ツケは回ってきた。
「昨日はすまなかったね、鋼の」
申請書の交付を受けにきた少年に、マスタングはそれとなくデートの仕切り直しを申し出るつもりだった。今夜の予定が空白であることは当然確認済みである。
「別に?」
差し出された書類を、毎度のことながら敬意の欠片もなく引ったくる相手は。
「デートは楽しかったか?」
同じ調子で続けた台詞によって易々と大人を硬直させた。
「……、何のことだね?」
しかしマスタングとて、伊達に軍部の曲者として名を馳せている訳ではない。誘導尋問に引っ掛かるまいと、殊更に冷笑など浮かべてみせる。
「いや、悪いけど同じ店にいたんだわ、オレ」
しかし彼曰くスカした面にも不快感を表すどころか、エドワード・エルリックは逆に気の毒そうな苦笑を向けてきた。
一回りも年下の少年からの同情の眼差しに、マスタングの自尊心は大いに傷付けられる。
「もう少し上手に嘘を吐きたまえ。あんな目立つ二人連れに私が気付かない訳が……」
昨夜マスタングが利用したのはイーストシティでも指折りの高級レストランである。彼ら兄弟が普段そんな場所に出入りしないことは知っているし、小柄な少年と鎧の取り合わせは異様すぎて悪目立ち受け合いだ、が?
――そこまで考えて、マスタングは異なる可能性に気が付いた。
「だ」
「中将に連れてって貰って」
「何ィ!?」
誰と夕食を共にしたのか問い詰めようと意気込んだ矢先の先制パンチ。
思わぬ人物に仰天したマスタングは、動揺の余りつい椅子から立ち上がる。この時点で、誤魔化す努力の一切が水泡に帰した。
目撃された段階でこうなる展開が目に見えていたという話は、言うだけ野暮と少年の側も心得ている。
「君たちは知り合いだったのか!?」
「そりゃオレも軍属だし、こんだけ出入りしてたら色々と」
最年少天才国家錬金術師はあっけからんと、マスタングにとって東方司令部唯一の上司にあたる老人との交友関係を明らかにした。
「食えないけど面白いジイさんだよな。孫娘の婿にならんかね、なんて言ったりさ」
「……悪かった。謝る」
軍の電話を不正使用した報いだろうか。
駄目な大人はみっともなくも、頭を下げて不実を謝罪する羽目に陥った。