床の上に散乱する走り書きの紙片をボクが集めていると、散らかした張本人の姉さんは手伝う素振りも見せずにシャワーを浴びてくるなんて、ベッドに腰かけると同時に服を脱ぎ出した。
今更見慣れてるとはいえ、全く隠す気もなさそうなのは、年頃の女性の在り方としてどうなんだろう。
あまりの羞じらいのなさに色気が足りないなぁと辟易しながらも、バレないようにちらちらその様子を窺ってたのは、ボクも年頃の男なんだから仕方がないと理解して貰いたい。
そうしている間にも姉さんは長袖の上着を脱いで、タンクトップを両手でたくし上げる。無骨な機械鎧が痛々しくも、それ以外は白く眩しい肌が顕わになって、上半身はシンプルな下着一枚になった。姉さんはそれも迷わずえいやと脱ぎ捨てる。うわぁと、目を逸らすつもりが視線は吸い寄せられるようにそちらへ、って、……え?
「姉さんそれ何!?」
つい見ぬ振りも忘れて、ボクは床からがばりと顔を上げた。
「え、通販で買った胸が大きくなるやつ」
普段ならサラシを巻くか目立たない下着を付けている姉さんは、見慣れぬ物体を胸に装着している。
「このクリームを塗ってカップを付けるとさ、ずれないし吸引力とやらで胸が大きくなるんだってさ」
「騙されてるよ姉さん!」
それって無茶苦茶怪しいし!?ボクのツッコミに、姉さんは小さい子供みたいに頬を膨らませて怒った。
「なんだよー、普段は人の善意を信じようってオレを説得すんのはお前の方じゃん」
「でも通販のこのテの商品って高いのに効果なかったりして」
毛生え薬とかダイエット食品とか皺取りクリームとか夜の薬とか。
「買ったばかりだからまだわかんねーよ」
それはそうかもしれないけど、疑り深くて警戒心の強い姉さんがなんで今回だけあっさり信用してるのか、ボクには不審で仕方ない。
とか言ってる間にも姉さんはそのカップとやらまで外してしまう。言われてみれば確かに小振りだけど、サラシで潰すことが多い割に形の良い、綺麗な胸だと思うんだけど。
「ったく、お前の体が元に戻った時の為に、折角触り心地良い胸になってやろーって姉心にケチつけんなよなー」
「普通の弟は姉のバストサイズとか関係ないから!!」
「今更だろー」
……た、確かに……。
後ろ暗い弟としては何も言えないけど、だったら姉さんも羞じらえよ。八つ当たり気味に睨み付けるも、何処吹く風と堂々としている姉が憎たらしい。
「にしても姉さん、通販って何処で受け取ったのさ?」
今まで普通に流してたけど、ふと疑問に思って尋ねる。
ボク達は放浪生活ばかりで一つ所に定住しないし、今泊まってる宿も昨日腰を落ち着けたばかりで、注文から到着の時間を考えると到底受け取りは不可能としか思えない。
「あ?大佐の住所宛てに届けさせた」
「………………」
なんかもう、駄目だこの人。女じゃない。
ボクに生身の体があったなら、ここは目頭が熱くなってる場面だ。
「取りに行ったらなんか文句言ってたけど。ケチくせーよなー」
姉さんはベッドから立ち上がり、今度はズボンを脱ぎにかかっている。ベルトの留め金が煩く音を立てる。
男一人暮らしの家に、ある日突然身に覚えのない女性用ブラジャーが宅配されるのは、……ボクだって嫌だ。嫉妬より同情が先に立つ。
「せめてホークアイ中尉にしとこうよ……」
「中尉胸おっきいじゃん!知られるの恥ずかしいよ!」
「大佐に知られるのは恥ずかしくないの!?」
てゆーかボクの為とか言っといて、自分が気にしてるんじゃないか!?
「うっせーよ馬鹿!!!」
変なとこで羞じらうんだから姉さんの感性はよく分からない。パンツ一丁で(しかもトランクス)仁王立ちされて羞じらわれてもなぁ……。
……ええと、少しでも良い風に考えよう。精神衛生上それがいい。
うん、胸のこと気にするなんて、姉さんも少しは可愛いところあるじゃない。
ずっと男の振りをしてるし、女らしい格好や物事に今まで一度も興味を示したことがないから、てっきりスタイルについてもどうでもいいんじゃないかと思ってた。……まあ、姉さんにとっては身長と同じで、発育コンプレックスの一種なのかもしれないけど。
この際ガサツな態度には目を瞑ることにして、ボクは姉の精神的成長を喜ぶことにした。
「もう、胸の大きさなんか気にしなくてもいいんだよ?」
猫撫で声を出したにも関わらず、僕の怒りからして端から眼中外なのか(ムカつく)一人で首を捻っている。
「でもやっぱ中尉に頼んだ方が良かったかもなぁ」
「なんだったら、そんなのボクが」
「『私が揉んで大きくしてやるのに』なんて言うんだぜあのエロ中年。さいってー」
「揉、……」
……………………。
………………………………………。
……………………………………………………さいってー。
「ん?どうした?」
他人の話を聞かない暴君は、爪先にパンツを引っかけたままちょいちょいと座り込む鎧をつついた。
「ううん……なんでもない……」
「ふーん?変な奴」
素っ裸で堂々と、オヤジ臭くタオル一枚を肩に掛けたりして、姉は浴室に消える。
やがて然程もせず、扉を隔てて水音が漏れ聞こえてきても、ボクは床に手を付いたまま動けない。
「ごめん、ちょっと立ち直れそうにないよ……」
生身があったら赤面或いは涙に暮れてる場面……もしかしたらボクが人間の肉体持ってたら姉さんもここまで平然としてない……こともないよね……。
浮上した矢先、最愛の姉から間接的に『さいってー』呼ばわりされてしまった弟としては、己の品性に深く自省を迫られるしかない。
よりによって大佐と同レベル…!なことに衝撃を受けてる辺り、姉さんにかなり影響受けてるかもしれないけど、さ。
年頃の少年の性への在り方って、………………どういうかんじなんだろう……。
この場合一番最低なのは誰なのか、再びすっぽんぽんの姉さんが帰ってくるまでボクは深く悩み続けることになったのだった。