兄さんが毛布から出られなくなってから三日が経った。
 
 
 
「兄さん、軽いものだけでも食べなきゃ駄目だよ」
「ごめんな……宿代だって馬鹿にならないのにな」
「違うよ、そういうことが言いたいんじゃない」
つい声を荒げてしまったけど、毛布の中の兄さんが身を竦ませたので、慌てて優しく聞こえるように声の調子を変えた。顔に表情が出ないから、その分も感情を込めて。
「兄さんがしんどいなら、暫らく何処かに腰を落ち着けたってボクは構わないんだ。こんな体だから、兄さんが苦しんでても解ってあげられる自信ないし」
「そんなこと言うな」
別に卑下したつもりじゃないのに、兄さんは痛みを堪えるようにくぐもった声でボクを叱りつけた。
「だからね」
それは聞かなかったフリで、根気強く説得を続ける。
「ボクが兄さんに望んでるのはカーテンを開けて今直ぐ外の空気を吸ってくることだよ」
「いらない」
「最近色々あったから、気分転換が必要なんだよね。イーストシティに一旦戻る?あ、リゼンブールに帰ろうか。ウィンリイが待ってるよ」
「いらない!」
「兄さん」
何故だか頑なな兄さんにすっかり困惑していたら、突然毛布が捲れ上がった。跳ねるように上体を起こした兄さんが、ベッド脇に座っていたボクに丸めた毛布を投げ付ける。
「お前がそれを言うのかよ」
ぎらぎらと血走った目で睨み付けて、今にも噛み付かんばかりの。
「オレは…っ、お前が!お前だけがいればいいんだ!何だよ、オレが邪魔なのかよ!」
「兄さん、そうじゃなくて」
兄さんはなんだか怒り狂っていた。おろおろ宥めるしか出来ないボクに食ってかかったかと思えば、次の瞬間にはしゅんと消沈して目を伏せる。
「どこへも行かないでくれ、なぁアルお願いだ」
「うん、ずっと一緒だよ」
「アル…」
くたりと、柔らかい上体がボクの鎧の体にしがみついてくる。必死で。
「明日には元気になるから、だからオレを見捨てないでくれ」
兄さんは唇を震わせた。
「うん、うん…」
ボクは頷いたけど、でもね、兄さん。
そんなのは今だけだ。いつの日か兄さんだって恋人が出来たら、ボクのことなんて捨ててしまうんだよ。
縋り付きたいのはボクの方だ。
こんな時間を特別に許されているのは、ボクの方なんだ。
 
 
 
こんな時に彼女が欲しいなんて言ったら、兄さんはもう数日間は立ち直れないだろうなあ。
ボクは心の中で苦笑して、震える背中に手を回した。
 
 
 
 
 
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