――単なる調査のつもりが毎度の如く大騒動と死闘を繰り広げ、多大なる徒労の果てにボクらはそれを目にしていた。
確かに、伝説級のシロモノと言えば、そう言えなくもない。
「ええと、『狼歯と共に月桂樹の葉に包み持てば、誰も彼人の美点を述べ、悪口中傷をなすこと能わざらしむ』」
「『夜中この草を頭上に載せば盗人を発見す。教会の中へ置けば不貞なる婦人の外に出でんとするを防ぐ』アルベールの秘密かよ」
「伝説と言うより伝承上のシロモノだよね……」
ボクたちの目の前で、そよそよと揺らいでいる。鎧の体では知覚出来ないけど、微風が出ているみたいだった。肉体はなくても気持ちが安らぐような、そんな空気を感じる。
「ねえ、これっていい匂いがする花だよね」
「ああ」
言葉少なに兄さんは頷いた。ボクのことを考えて口にしなかったのがバレバレだ。
木立瑠璃草。
広くない谷間一面を覆うように、濃紫色の小さな花が群れ集まって揺らめいている。とても綺麗な光景だった。
……その無害さが、落胆に拍車をかける。
「グリモアだ何だと書物自体を神秘化するから、流出した時に妙な箔が付くんじゃねえか、馬鹿らしい」
「賢者の石もそのクチで、ただのルビーが神秘化されただけだったりしたらショックだよね」
「…………否定しづらいこと言うなよ、お前」
兄さんは、がっくりとその場に膝を着いた。
大山鳴動して鼠一匹。
山中の小村が隠し持っている魔法の力とは、美しい花畑のことだった。
確かにヘリオトロープを使った魔術は古い書物にも載っているけれど、古書というものは概して、失われた高度な技術と迷妄に満ちた他愛ない迷信とが混在していて、真偽の判断が酷く難しい。錬金術の本って基本的に暗号化されているものが多いし。
探り出した情報では、旅の錬金術師が見出した力だという話だった。
中途半端に知識を開陳された村人が、素朴にそれを信じ込んだとしても無理はない。田舎の閉鎖性を発揮し、口を閉ざしてそれを守るようになったとしても。
「で、どーする?」
この村の救世主じゃ、あんた達にならこれを分け与えてもいい、兄さんの手をしっかと握って村長さんは請け合ってくれてたけど、はっきり言って貰ってもボクらに益はなさそうだ。花ってすぐ枯れるし。
「あ、ドライフラワーに出来ないかな?」
「持って帰る気かよ?」
「……大佐へのお土産とか?」
「げ」
またアイツに馬鹿にされると兄さんは呻いたが、どっちみち報告しなくちゃならないし、一緒だと思うけど。
「あー…、不貞な婦人が外出しなくなったらアイツが困るだろ、うん」
やっとそれらしき言い訳を思いついたか、兄さんは必死でぶんぶん首を振った。単に花を贈るのが照れ臭いだけって、ボクにまで隠さなくてもいいのに。変な所で恥ずかしがり屋だ。
「それか、……お前になら贈ってもいいぞ」
「え?」
ぼそぼそと呟かれた言葉を危うく聞き逃しそうになって、ワンテンポ遅れてボクは兄さんに目を向けた。
……そっぽを向いた、上から見下ろすその耳が真っ赤になっている。
可愛い。
ちょっぴりボクは感動して。
「いいや、ボクも持ってるから」
「は?何を」
怪訝に尋ねてくる声を無視して、
「元の体に戻ったらまた見に来ようね」
と一方的に約束を取り付けた。きっと良い香りに包まれて、今回以上にボクは幸せな気持ちになるだろう。
太陽の変化したもの。
陽光に向かう花。
献身的な愛。
ボクは、太陽の化身のように眩い光の人を、迷妄に似た感情で守っている。
珍しく中身より前にタイトルありき。お題って、そもそもそーゆーものじゃあ(死)。
ヘリオトロープの魔術は酒井潔『悪魔学大全』から孫引き+エセ文語調修正。
『アルベールの秘密』作者アルベール・ル・グラン(AD1193〜1280)は、グラン准将の名前パクリ元ではなかろうか(パクリ言うな)。
オカルト系のサイトによれば、霊の招喚と呪文の製作法を扱った評価の高い書物らしい。
ヘリオトロープは和名キダチルリソウ(木立瑠璃草)。ギリシャ語で「太陽に向かうもの」。花言葉は「献身的な愛」。
自らをイカロスに喩える兄弟に、ぴったりだと思います。