「君の愛し方は、子離れ出来ない母親のそれだと思うことがあるよ」
はったりと見栄を己の身上にしている男が解った風を装い嘯けば、
「うっせえよ」
少年は獣のように低く唸り声をあげた。本人とて何らかの自覚らしきものは有しているらしい。
「……可愛い弟君は恋人と上手くやっているかい?」
試しに餌をぶら下げてみれば、今にも喉笛に噛み付いてきそうな勢いで睨まれる。
幾つになっても腹芸を覚えない子だと、自分こそ父親のような感慨でマスタングは苦笑する。
「何ニヤニヤしてんだよ!」
それを見て猛然と振り上げたエドワードの拳を、間一髪でなんとか避ける。どんな時でもマスタング相手には、攻撃に手加減を加えない。
こんな扱いを受けているにも拘らず、彼の弟に春が来る(本人談)度にヒートアップして、料理の美味い店だの流行りの服の着こなしなど機銃掃射の勢いで訊ねてくる兄の相手を、これまた毎度飽きもせずにしてやっている己の精神状態こそが一番の謎かもしれない。
「今の彼女とは至極円満らしいじゃないか。大方放っておかれて拗ねてるんだろう」
連絡もなしに突然アパルトマンへ押し掛けるなり、むっつりと黙り込んだまま口も聞かない少年の、その不機嫌の原因を指摘してやる。
「………………」
案の定、ますます眉間の皺を深くした目付きの悪い少年は、いっそ凶状持ちの面相にすらなってきた。
弟の片恋を実らせるべく獅子奮迅で協力するエドワードは、いざ想いが叶ってみればそれも大層気に入らないらしく、再びマスタングの元に乱入して嫁の愚痴を言いまくる姑と化す。
乞われるまま唯々諾々と、マスタングは件の恋人に誘いを掛ける。すれば魅力と金銭と権力を兼ね備えた青年将校に、一も二もなく彼女達はついていき、露見した観劇や食事に逆ギレされたアルフォンスの交際は超短期間の内に幕を閉じるのだった。
タチが悪いと指摘しようにも、片棒を担がされている自分が言っても説得力は皆無だろう。
「……別れたみたいなんだよ」
しかしマスタングの予測とは違うことを呟いて、耐えきれないとばかりにエドワードはくしゃりと顔を歪めた。
「何だって?」
「また振られたんだって、アイツ言ってた」
「……本当かい?彼女に限って?」
アルフォンスの今度の恋人は珍しくマスタングの誘惑をけんもほろろに拒絶した女性で、だからこそ相手の方から愛想尽かしされたというのは意外だと思った。
「じゃあ君は弟についてなくても構わないのかい?」
それに今までのパターンなら、失恋した弟を諸悪の根源たる兄は何食わぬ顔で慰め寄り添い、二人でべたべた暮らしてマスタングなど一顧だにされなくなる……のだが。
「やっぱオレの所為かなぁ……」
ソファの上で膝を抱え、弱った風な少年は腕で顔を隠した。
何を今更。
実に尤もな言葉を、辛うじてマスタングは口に押し込めることに成功した。
昼すぎに訪ねてきたアルフォンスは、平生と何も変わらなく見えた。
にこりと、世の女性が放っておかないだろう笑みを浮かべ、青年期に差し掛かる予兆を見せた少年は生身の体を享受しているように思えたものである。
「夕方頃に兄がお邪魔するかもしれませんけど、よろしくお願いしますね」
「いや、もう慣れたし構わんさ」
マスタングが苦笑すれば、今その兄が腰掛けているのと同じソファで、相手は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
どす黒い企みが全く弟の承知するところだと知れば、意外に神経の細い兄はショックで倒れるかもしれない。
「アップルパイを持ってきたので、兄さんに食べさせてあげてください」
言外にお前は食うなと念押しながら、神妙な顔でケーキ屋の白い箱を差し出す、のを受け取る。
「あれが荒れてるというのは、巻き込まれる私以外には重畳なことだね」
揶揄えば、確かに肯定も否定もせずに曖昧な苦笑を洩らしていた。
「……往生際が悪いんですよね、ボクも兄さんも」
溜息をついて、微妙に核心から外れた返答を寄越された。
「だから表面しか見ないで付き合うのもお互い様で仕方ないんですけど、今回の子とは考え方や好みが似てるねって、よく話して笑ってたんです」
過去形で話していたことに違和感を持つべきだったろうか。
マスタングを撥ね退けて、潔癖で気丈なその娘はしかしアルフォンスともこれ以上交際を続けられないと、己のどんな感情と相対したのだろう。辛うじて成り立っていた均衡を崩したという意味では、正しくエドワードとマスタングが今回に関しても責任あるに違いない。
「兄さん落ち込んでるかもしれませんけど、全然悪くないって、言ってあげてください」
自分では何一つ言うつもりはないのか、アルフォンスは十五年上の男に頭を下げた。
「全部、煮え切らないボクが悪いんです」
予言通り落ち込んでいる目の前の相手に、弟の言葉を伝えるべきかマスタングは悩んだ。
そもそも下手に弟が訪ねてきたことを話せば、マスタングが二重スパイのようになっていることから露見してしまいそうだ。
顔を伏せたまま動かない少年を前にひとしきり煩悶して、酸いも甘いも噛み分けた大人は口を開いた。
「……パイがあるんだが、一緒に食べないかね?」
思いっきり無視することにする。
苦悩するのが青春なら、誤魔化して生きるのが大人の証拠である。とマスタングは固く信じている。
生身兄弟はセントラル居住。
他の生身捏造未来とは違う設定なので、この兄弟は(まだ?)デキてません。
この場合、立場弱そうにみえて一番卑怯なのは増田だと思。