列車でリオールへ向かうのには(かの街に鉄道は直通しておらず状況的に言っても最寄り駅まで、ということだが)何度か燃料補給の小休止があった。
その度にすし詰めにされていた軍人の群れは、新鮮な外の空気を吸おうとぞろぞろ排出されていく。幾度目かのそれを、無感動な目でマスタングは車窓から眺めていた。
彼自身は佐官故の悪目立ちを避けたくもあり、一般兵と比較すれば座席の広さも恵まれていることもあって一度も席を立っていない。正面の視界は最悪だったが。
マスタングの向かいに嫌がらせのように陣取っていた胸糞の悪くなる二人連れは、今は他の兵と同じく席を外している。座席には変な白仮面が打ち捨てられたように転がっていた。
このまま戻って来なければ良いのだが。
内心悪態を吐きながら再び車窓の外に目を転じれば、件の二人は何となく一団になってストレッチなどしている一般兵とは離れたホームの端で、ぽつんと並んで何事か会話を交わしているようだった。
奴らも佐官、周囲が遠慮して近付かないのだろうが、同じ軍服を着ているにも関わらず、まるで集団とは全く接点のない旅行者のようにも見える。
己の目聡さを内心呪いながら、マスタングは暫し二人の様子を観察する。どちらも知らぬ相手でないマスタングからすれば彼らの相性が良さそうには到底思えないのだが、キンブリーを引き連れたアーチャーは何だかんだと相手に心許しているように見える(よりによってあの爆弾狂に!)。
これから向かうリオールについて、或いは卑劣な悪事についての相談をしている雰囲気はない。専ら口を動かしているのはキンブリーの方で、ズボンのポケットに手を突っ込んだだらしない立ち姿で時折やや低い位置にあるアーチャーの顔を覗き込むように話しかければ、邪険に追い払うようにアーチャーは肘で紅蓮の錬金術師を押し退けている。その態度にキンブリーは含み笑い、結局二人は一定の近い距離を保っているのだった。
気分は悪いままだったが、当初の警戒めいたものは毒気を抜かれた態で随分と薄れ、マスタングはぼんやりとそれらを目で追っている。
なんだ、狂人どもがらしくないことじゃないか。そうは思うものの、不思議と何処かで見たことのあるような感もしているのだった。
ここまで辺境に来れば、駅のホームから見えるのも半ば砂漠に呑まれかけている殺風景な荒野でしかない。その中で何が彼らの気を引いたのか、アーチャーは傍らの男に顔を向け、キンブリーは彼方の何かを指差しながら説明らしきことを始めている。
車窓のガラスを閉めているマスタングからは判らなかったが、その時荒野の方から突風が吹き付けてきたらしい。
汽車が吐き出す黒煙がもくもくと物凄い勢いでガラスの向こうを流れていき、比較的近くでたむろしていた兵士達は煤か砂粒かで目を痛めたらしく、しきりに目蓋を擦っている。
ホームの端の方にいたアーチャーは、突風の直撃を浴びて蹌踉めいたらしい。数歩蹈鞴を踏むようにしたのを、キンブリーが長い腕で掬い上げるように支えた。
破壊と殺戮を生み出す手はアーチャーの腰に回され、黒煙から上官の身を守るように風上に割り込んで。
淑女に対するような扱いを、何故かアーチャーは甘んじて受け入れている。視界を遮っていたキンブリーが退いたことで、マスタングからもアーチャーの表情が見えるようになった。
冷徹で野心ばかり強い軍人は自分を庇う部下に穏やかな笑みを向け、常日頃他人を見下した感のある錬金術師はそれを受け、皮肉気でない笑顔を同じように返す。
互いに無自覚だったろう。余りにも似つかわしくない。
――やっとマスタングは先程からの奇妙な既視感に見当が付いた。その時は彼我の立場は真逆であったが。
確か士官学校時代のことで、あの頃から話好きだったヒューズが終わったばかりの定期試験の内容に始まって、教官の悪口や可愛い恋人の自慢まで語り通すのを、短く相槌を打ちながらマスタングは聞いていたのだった。
ふと違和感を感じたマスタングが校舎を振り仰げば、建物の二階。廊下の窓からアーチャーが自分達の姿を目で追っていた。
そう解ったのは振り向いたマスタングと偶然目が合ってしまったからで、その時深い考えもなくマスタングは微笑んだ。白皙の頬を紅潮させて、屈辱に醜く歪んだアーチャーの表情を、はっきりと記憶の底から拾い上げる。
ヒューズは知らず終いだったろう。悟らせる愚を犯しはしなかった。二人とも。
あの時のアーチャーと違い、全くマスタングは羨ましいとも代わりたいとも思わなかったが、何故か視線を感じた男が振り返るのではないかと感じた。
当然そんなことはなく、相も変わらず寄り添い佇んでいる二人はマスタングが観察していることには気付かないままだった。必要がないからかもしれない。
いい加減飽きてきたマスタングは、足腰に怠さを感じて立ち上がり、その場で伸びをした。
ついでに車窓を開けてみれば、思った通りに空気は砂っぽく乾燥している。
砂漠の街は遠くない。
アニハガ。
増田と互換性の高い機能を有している(物語的にも人物造型にしても)アーチャーが、過去にヒューズに惚れてたりしたら萌えーだな、と思 妄想して以来、余計に奴が愛しくなりました(笑)。でもキンチャ(笑)。眼中にも入ってないのに較べれば、同じ片想いでも親友ポジションのが羨ましいかもしれない。
アチャと増田の間には、嫌悪や敵愾心が当然あって、同機能であるが故の共感くさい何かがなければオカシイと思うのですが、そんな一介のオタク女に断定的に決め付けられても、アニメスタッフ困っちゃうよという……。