「兄さん!兄さん兄さん!!」
がむしゃらに腕の中で藻掻く彼の弟と、……ひょっとしたらマスタングに対しても、鈍色の義肢を掲げたエドワード・エルリックは笑いかけた。潔く気高いそれがとても彼らしくて、マスタングは一生忘れないだろうと思う。
兄を求めて泣き叫ぶアルフォンスは哀れだったが、思いを同じくする者の共感半分、そして鋼の錬金術師に敬意を払う者として。
「さぁ、彼の意志を尊重してあげな」
「あちょーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「ひでぶっっ」
涙をぼろぼろ零していた筈の少年による肘鉄、続いて目にも留まらぬ速さで繰り出された回転蹴りによって現役軍人は沈められた。
「待ってて兄さん!!」
ちょっと(彼の記憶的には)初対面の人間に対してこれはどうなんだ。
脇目も振らず、離れつつあった機体に飛び乗った気配がする。
「あ、門の破壊は任せました!」
朗らかにそんな一声を寄越された気がして、マスタングが接吻を余儀なくされていた鋼鉄の翼から顔を上げた時。既に弟の姿もそこには見当たらない。
別段騒ぎも起こっていない様子なので、兄には見付からず上手く隠れられたのだろう。
「折角の人質が………」
弟でも残していたなら、再びこちらの世界に戻ってくる気にもなったろうが、もう駄目だ。
唯一の希望だった人質に逃げられてしまった。
弟さえ傍にいたなら、あれは絶対に満足して帰ってこない。
一旦上げた顔を再び伏して、マスタングは打ち拉がれた。
ていうか私独力で何か錬成しないと、このままでは死んじゃうのでは。
「もう、待たせてくれないのだね……鋼の………」
はらはらと己の片目が零した涙を指で伸ばし、伝説の水墨画家のようにマスタングは錬成陣を書き始めた。
なんとなく、地面にのの字を書いているっぽい様であった。
シャンバラ板撤去したのでSS再録。