中尉は呆れたかな。畜生。
いつもよりほんの少し大きな音を立てて扉が閉まるのを見届けて、オレはソファに転がる。
のしかかった中年の手で押し付け沈められた嫌悪感を思い出して気分が悪くなるかとも思ったが、黒皮が湿気って不快なだけだ。ひやりと頬が冷たくて感触も生々しくない。
薄暗い部屋は気配どころか百年間無人のまま放置されてたみたいで、それに心細さなんかを誘発されたオレ自身には吐き気を感じる。
 
オレは悪くないぞ。あの馬鹿。普段からちゃんと仕事してんのかよ。
昼間から寒いから暖めてくれって、頭おかしいんじゃねえの?マジで殴ってやれば良かった。オレは悪くない。
どうせ機嫌が悪かっただけなんだろ。
てめえが雨の日に無能なのはオレの所為じゃねえだろ。
なんでオレが八つ当りされなきゃなんねーんだよ。
炎が出せないなんて全部自業自得だろ。
鎧に雨水が染み込んで血印が溶けるかもしれない恐怖なんか感じないんだろ。
肉と鋼の継ぎ目がぎりぎり疼いたりしないんだろ。
ならいいじゃないか。なあ。
人間兵器でございと胸張るんなら、水素でも爆発させてみろよ。オレはやんないけどさ。
持ちネタ一つ作って安心してんじゃねえっての。
科学の発展の前では、停滞は衰退の第一歩、てめえも科学者のはしくれならそんくらい承知だろ?人間ってのはもっと貪欲なもんだ。
オレは間違ったことは言ってない、なのに何であんなこと言われなきゃなんねーんだよ。くそっ。
別にてめえが研究者失格で構わねえなら銃を携帯すればいいことだ。
射撃が下手クソなら腕利きの護衛を置けばいいことだ。
それには中尉の仕事を減らして傍に待機して貰えればいい訳で、自分が仕事サボって中尉の負担を増やしときながら不安がってオレに八つ当たるてめえは甘えてるだけの大間抜けだ。
全部自業自得だろ、いい年こいた大人が自分で責任取れないことすんなよ。馬鹿。
 
……中尉には悪いことしちゃったけど。
話相手でもしながら見張っておくよう頼まれたのに、結局逃がしちゃったし。
これはオレが悪いかな。でもまさかあんなに不様に逃げ出すとは思わなかったんだよ。
いや、嘘だ。
オレはこうなることくらい知ってた。
言った自分がより傷付いて、スカした顔が愕然と強張るのを知ってた。
知ってたのに、あれくらいで泣いちまったオレは卑怯だった。
ああそうだな、オレが悪いかもな。
全部オレが悪いよな。
対等な口喧嘩を一方的な児童虐待にしちまったのは、確かにオレの責任だ。
オレだって機嫌が悪かったんだよ。雨は嫌いだから。
機械鎧の付け根が痛むのも、アルの消失に怯えるのも、全部自業自得なのに。
そうだよ、何時だってオレが全部悪いんだ。
理解して分解して再構築するのが錬金術師なのに、オレには壊すことしか出来ないのかもしれない。
傷付けたかった訳じゃないのにな。そんなのは言い訳にもならないよな。
大佐の顔なんか見たくない。気まずいし。でも勝手に出てったら、紅茶を持ってきてくれる中尉に悪いよな、やっぱ。
アルに逢いたい。アルさえ居てくれたら、オレはこんなどうでもいいことでうじうじ悩んだりしないのに。
アルだけが大事なんだ。アルがオレの一番の罪で罰で救いでもあって、他のどうでもいい全てなんて考える暇なんてないのに。
雨の日は嫌いだ。
無能大佐と同じで、いやそれ以上に自業自得なんだけど。
 
 
扉の向こうから、三回ノックの音がして。
ノブを回す、軋んだ音がした。
 
 
 
 
 
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