「ぐわああああああああああああッッ!?」
黒い影法師が躊躇いがちに西へと手を伸ばそうとしている穏やかな昼下がり。
図書館で調べ物をしていた兄と市場で買い物をしていた弟が小さな街のマルクト広場で落ち合って間もなく、凄まじい悲鳴、いや怒号が教会の鐘のように響き渡った。
直後のバタバタという音は噴水で戯れていた大量の鳩が一斉に飛び立った羽音であり、更に続いたゴンという鈍い音は、エドワードが無理矢理弟から剥ぎ取った鎧の胸甲を石畳に取り落とした音である。
「あーあ、だから開けないでって言ったのに……」
「な、な、な」
妙に冷静なアルフォンスの呟きを聞いて更に顔色を真っ赤に染めたその兄は、呼吸困難の金魚のように口をパクパクと開閉した。
「何だその女はッッ!?」
呼吸を荒げての兄の絶叫に、僅かに気まずげに視線(らしき物)を逸らしたアルフォンスは魂のみの存在であり、彼の肉体にも等しい無骨な鎧の中身は虚ろな空洞となっている。
しかし今現在、エドワードの指差した鎧の内部には、柔らかな肉体が潜んでいた。
彼らと同世代ほどの年齢の少女であろうか。栗色の髪を肩先から胸の前に垂らし、窮屈であろうに膝を抱えた姿勢のまま、この騒ぎの渦中ですいよすいよと気持ち良さ気に寝息を立てている。
手に握られたアネモネの紅と鈍色の金属の塊とが、異様で鮮やかな対照を成していた。
「あの、これはね、兄さん」
「お兄ちゃん命令!!今すぐ元の場所に捨ててきなさい!!」
「って、犬猫じゃないんだから……」
弁明の機会すら与えず説教モード満載で怒り狂っている兄の様子に嘆息して、表情のない鎧は情感たっぷりに肩を竦めてみせた。
胡散臭い旅の兄弟を見物するように、図太い鳩どもが三々五々、噴水に戻りつつある。
(続 かない)