愛ある限り戦いましょう。
 
 
周は戦争をしている。
ついてはぞろぞろと旅団を仕立て、敵地へと向かい戦闘をするわけだ。
『戦争』といえばむさ苦しい漢達が「おりゃああ」等と叫びつつ剣だの槍だのを振り回すものと相場が決まっているが、それだけが戦争の実態ではない。一般の下級兵は兎も角、それを指揮する将には城塞の攻略法や進軍ルートの選択、補給線の確保、後方との連絡、士気の維持、死者の埋葬エトセトラエトセトラ……、後方の文官等にも負けない程の頭脳労働が要求されるのである。それでもって実際に戦闘にも参加する分、後方勤務の文官より疲労度は上となるだろう。
つまり、このように陣幕の内で筆を手にするのも厳しい戦争の一環なのだ。そう、このように……
 
 
「太公望どの、戦車隊の配置についてなんだが…」
「うむ。歩兵と比べて進軍速度に差が出てはいかんからのう…D地点まではこのルートで行くとして……」
「なあ、どうせなら戦車だけでばーっと敵んトコロまで先に行かせて戦闘おっぱじめるってのはどうだ?」
「アホか。戦車だけで戦が出来るものではないわ。それに補給はどうする気だ」
「ちぇっ。ちょっと言ってみただけだろー」
現在本陣で机を囲んでいるのは武王姫発、武成王黄飛虎、それに軍師太公望とその片腕である道士楊ゼンの四人。
これが周軍の首脳部で、南宮カツ将軍をはじめとする高位将軍達の行動にも、此処で最終的な裁可が下される。
今も帛(絹布)に描かれた地図を見ながら常の如く懸案を片付けていたが。
「のう楊ゼン。おぬしはどう思う?」
返事なし。
しかし、ぴくっとその形良い眉が跳ね上がった気がする。
先刻見回りから帰って以来、何故かこの美形の天才道士は一言も喋ろうとしない。ただそのオーラで『今自分は物凄く怒っている』と力一杯主張している為に、誰もが触らぬ神に祟りなしを決め込んでいたのだが。
何故か無言のままゆらありと立ち上がる楊ゼンの姿に、これまた何故か他の人間もげっそりとした表情を見せる。
「師叔……あなたにお訊きしたいことがあるのですが……」
「―――――何だ?」
嫌そうな顔をしながらも渋々返事をする太公望。
「師叔……あなた……あなた、
あなた天化君と浮気しましたねッッ!?」
ダンッと机を拳で叩きつつ激昂する楊ゼン。墨が零れそうになる硯はすかさず姫発がガードした。
一般的にはここで周りが『なにいいいっ!?』となるシーンなのだが、実際には『はあ…』という溜息が聞こえるだけである。
「師叔!!聞こえてるんですか!?」
「聞こえとるわダアホ!!!なんだ!?おぬしいい加減にせい!!!」
「いい加減とはなんですか!!?」
「昨日は太乙、一昨日は武吉で一昨々日は玉鼎でその前は武成王で……これのどこがいい加減でないっちゅーのだっっ!!!!!」
「だって!さっき天化君に会ったらなんかコソコソしてて!!どうしたんだいって訊いたら『楊ゼンさんなんかに話すようなことじゃないさ』って態度悪いんですってば!!『なんか』ですよ『なんか』!!!僕に話せないようなことなんて、これは浮気に決まってます、ええそうに違いありません!!!!!」
「だから何でそうなるのだっっっっっ!!!?」
お互いキレた者同士の痴話喧嘩が始まる。過去に引き合いに出された経験のある黄飛虎は、その時の修羅場を思い出して溜息を深くした。
そうなのだ。ここ最近の楊ゼンは暴走している。情緒不安定と言っても良い。
また、天才道士の事情も理解出来るだけに、周りは呆れつつも静観しているのが現状といったところであった。
先日の趙公明との戦いで、太公望は危うく封神されそうになった。実際は彼を庇った楊任のものだったとはいえ、魂魄が飛ぶのを見てその場にいた者は一様に顔を蒼くしたのだ。
その一人である楊ゼンが、一度は喪ったと思った太公望に対して今まで以上に執着心を顕したとしても、まあ尤もなことだと思われる。
こうなると、滅多なことでは仕事が再開されないことは分かり切っている。二人を横目でちらちら気にしながらも、姫発は隠しておいたエロ雑誌を取り出して読書に入った。
「――――ッ……大体わしがおぬしに隠し事をしたことがあったか?」
「『人間になった』とかしたじゃないですか、思いっきり」
「うっ」
かなり分の悪いことを持ち出され太公望は顔を引きつらせた。
「大体復活した時も、武吉君にはよしよしってしたくせに僕はほったらかされてましたしねー……」
「本当に頭撫でたりしたら怒るだろーが、おぬし……」
何よりも、本音ではそれが気に喰わなかったらしい。
そして、このままでは分が悪いと見たのか。
「あの時はすまなかった……だが信じてくれ……!!」
「……師叔……」
楊ゼンの片手をそっと両の手で包み、太公望は必殺『上目遣い』を行使した。その際右手の手袋は外すという芸の細かさである。
「おー動揺してる動揺してる」
「大変ですな楊ゼン殿も……」
どこまでも他人事な二人。
「ですがッ……天化君がっっ!」
「………あれは多分あやつの腹の傷のことであろう……。普段健康な者ほど安静にするのが苦痛で苛々するものだ。それにおぬしに余計な心配を掛けたくなかったのであろうよ」
「………そうですか………?」
「それに、わしがおぬし以外の者に懸想すると思うか?」
「いえ、それは、でも」
楊ゼンの勢いが無くなったのに力を得、ずずいっと太公望は身を乗り出す。
「この周軍で最も強いのは誰だ?」
「?僕ですよ」
「では最も容姿の良いのは?」
「勿論僕です」
「一番わしの役に立っている有能な補佐役は?」
「間違いなく僕です!」
「ではこの周軍で最高の男は誰だ?」
「それはもう天才のこの僕に決まってるじゃないですか!!」
誉め殺し作戦(?)成功。本気で思っているのが怖ろしいところである。
「………けっ」      
毒づきながら姫発が目を遣ると、感極まったように横を向く太公望が一瞬 『けっ』と声を出さずに呟いたのを目にして心温まる。楊ゼンは気付かない。
「だからおぬし以上の者などおるはずないではないか」
「ふっ、それもそうでしたね」
王子完全復活。
気障ったらしく髪を掻き上げながら悦に入っている。
「……そ、それにの。たとえおぬしが最強でなかったとしてもだ。その……嫌いになったりなぞするものか……(///)」
「あ、本気臭え……」
「本音のようですな」
饒舌な太公望が本音を話す際に限って口下手になるのを良く知る姫発達はそう理解した。が、それすら策の一部でない保証はない。
「……師叔……!!
すみませんでした!!!この楊ゼン、あなたの気持ちを疑うなんて………ッ」
例によって感極まったアホ……いや、有能な天才道士が椅子から転げ落ちるような勢いで恋人を抱きしめようとするのを、あくまでもさり気なく、太公望はするりとかわす。
「解ったならとっとと仕事の続きをせよ」
「はいっ!」
空振りを気にすることなく嬉々としつつ改めて席に付いた楊ゼンに、最早嵐は去ったとみた黄飛虎も筆を取り直す。
「ん?姫発!おぬし陣中にまでいかがわしいものを持って来るでない!それは没収するぞ!」
一瞬の機を読み損なった姫発は、哀れ立ち直った目敏い軍師にマズイものを発見された。
「後で返してくれるんだろうな」
「ふん。武吉や天祥の目に触れては一大事ゆえ今すぐ此処で燃やしてくれよう!」
「げっ」
痴話喧嘩後の太公望は機嫌が悪い。もしや自分がストレス発散の為の生け贄になってるのでは、との姫発の疑いは濃厚である。
つかつかと姫発の席まで歩いてきた太公望は、勢い良くそれを奪い取る。その際中身を見ないように目を閉じいたのに姫発は気付いた。
「誰がお子様なんだか……」
「何か言ったか?」
「いや……お前さ、本気で浮気したわけ?」
楊ゼンには聞こえない音量でぼそり。
「馬鹿にするでないわ。とっととおぬしも判押しでもせい」
半眼で言い捨てると、太公望は燭台目指し歩を進める。
「あーあ……やんなるなあ……」
火に包まれる愛読書と恍惚の表情で筆を走らせる天才に目を向け、周国の若き王は肩を落とした。
それが、家臣達の揉め事の所為なのか、実はそれがただの惚気の一種であること故なのか、はたまた違う理由があるのかは……神のみぞ知るところである。
 
 
次の日。
「師叔!!!あなた四不象と浮気したでしょう!!!!?」
「するかボケェ――――――――ッッ!!!!!」
相も変わらず。
周は戦争中である。そして、責任者たる者戦闘のない時ですら厳しい表情で懸案をこなしていかなければならないわけで……
 
 
その割には、今日も周軍は平和だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〈完〉
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この辺で本性を現しとくことにしました……(苦笑)っていうか既にバレバレ??ι
ギャグ不発。っていうか寒いばかり(死)
ダメダメな楊ゼンさんが書きたかった割には何だか発ちゃんが主役。っていうか師叔が楊ゼン弄んでるだけですよね、うぅ……。
から回っている楊ゼンですが自意識過剰の自信家に見えて、大騒ぎするのは奴が自分に自信がないから。そして本当に疑わしげな普賢やら姫昌やらに言及出来ない小心者(笑)

時は趙公明戦の後、仙界大戦前のつもりで書いてます。まだ自分に隠し事があるから余計に疑心暗鬼。
タイトルは(馬鹿にしてる…)メルカトル鮎の台詞……なのだが奴が創始者ではあるまい。なんてったってその口で「月の光は愛のメッセージ」などと言うた奴だ(爆)元ネタは何……。誰か教えてくださいませんか?(^ ^;)