篝火の炎が、音を立てて弾ける。
「おう!じゃんじゃん飲めや!!」
威勢の良い声が彼方此方であがっている。
杯を傾けつつ、太公望は目を細めてこの喧噪を眺め遣った。
 
既に皆には酔いが回っている。
 
 
 
 
ハレ模様。
 
 
 
 
……初めに、新年の宴をやりたいと言い出したのは姫発だった。
「たまには息抜きすんのもいーじゃんよ」
人生が息抜きの連続である若き王の言葉に、苦労性のその弟は渋い顔をしたが。
「まあたまにはよかろうて」
お気楽な軍師の言葉に、あっさりと引き下がった。
そして、今に至る。
野外、篝火が彼方此方で焚かれ、まだ蕾も堅い梅が枝を照らし出している。
その下で白い息を吐き出しながら、文官も、武人も、一様に赤い顔をして笑い合っていた。
宴に消極的だったはずの周公旦は、「どうせするのなら完璧なものにしなければ」と大いに張り切り、今日の宴をプロデュースした。
昼間に行われる天や祖先に対する煩雑な儀礼とは違い、ここでは皆がリラックスして楽しんでいる。
そう、皆。
「はあい〜〜んvお次は誰にお酌しようかしら〜〜ん?」
「俺!俺!」などといった男達の野太い声を聞きつつ、身をくねらせるのは妖艶な美女。
太公望は、思わず顔を顰める。
「あはんv妲己困っちゃうんvv」
「……楊ゼンさん、ノリノリっスね……」
隣で、四不象も引きつった表情を見せる。
「あやつ、結局何がしたいのかのう……」
途方に暮れたような声で、太公望は呟いた。
「ぷりんちゃ〜〜ん、俺にも一杯っ!」
「はいはいんv」
国の要人や道士達の為の一角、気持ちよく酔っぱらった姫発が美女(外側のみ)を手招きするのに、周りからはブーイングが飛んだ。
「王サマ、見境なさすぎさ……」
「中身は楊ゼンな訳でしょ?」
「だってモノホンのぷりんちゃんは冷てーし?お酌の一つもしてくれねーしさぁ〜〜」
「あったりまえでしょ!あたしはスパイで敵なんだから!きゃ、もたれ掛からないでよ酔っぱらい!!」
すっかり酒に飲まれている姫発だが。
「おやめなさい小兄様!!」
ハリセン攻撃を喰らってあっさり沈没した。俯せたまま、既に鼾をかいている。
「全く情けない……」
ハリセンを弄びつつ呟く周公旦は、下戸だということで先程からつまみばかりを食べている。この異様な盛り上がりを見せる宴席の中で、数少ない素面の人物だったが。
唇の端が上がって、笑顔らしきものを見せている。彼も宴を楽しむ一人であるらしかった。
 
 
「あらぁん?太公望ちゃんってばお一人ん?」
「スープーがおろうが」
「でも寝ちゃってるしぃん?」
変化したままの楊ゼンが、一人輪から離れて酒を飲み続けていた太公望に気付いた。
そのまま、慣れない酒に酔いつぶれている四不象とは逆の傍らに座り込んだ。
「はいvどうぞんv」
「うむ、すまぬ」
杯を片手で受けると、そのまま一息に飲み干した。
良い飲みっぷりに傍らでは拍手。
袖口で口元を拭おうとしたのをやんわりと止められ、新しい手巾で拭われた。太公望は為すがままにされている。
「おぬしも飲むか?」
「わらわは結構よんv」
「さっきから注いでばかりだろうに。少しはおぬしも楽しめよ?」
「もう充ぅ〜〜分、楽しんでるわん」
「……そうか」
今度は、太公望は手酌で一杯煽った。楊ゼンは、太公望が飲み散らかした瓶を整列させるのに夢中になっている。
中心から外れたこの場所では、宴席の隅々が見渡せた。
いつの間にか、庭の中央では野外ステージのような物が設けられ、酔漢達が隠し芸など披露している。
所々で酔いつぶれた者達が死んだ魚のように転がる中、宴は第二の盛り上がりを見せていた。
それを見るともなく見ていたが。
「……どうした、楊ゼン」
妲己変化をしてもまだ太公望より高い位置にある楊ゼンの頭が、太公望の肩に載せられた。
しなだれかかられるような態勢である。
「いえ……あなたって僕が何に変化してても態度を変えないんだなぁって」
美女の姿のまま、声音だけはいつもの天才道士の声で楊ゼンは呟いた。
「当たり前であろう。外見ばかり違っていても大した差などないわ」
苦笑して、太公望は再び酒を注いだ。先刻から全くペースが変わらない。
ただ、その頬は僅かに赤く染まっているのを、楊ゼンはじっと熱のこもった視線で眺めた。
「……演技は完璧だと思うんですが?」
「雰囲気かのう?演技過剰なのは仕方ないとして、おぬしはどんな姿でもおぬしである気がするよ」
柔らかく太公望は笑った。
「……では、僕が全然あなたの知らない者の姿になったとして、それが僕だと判別出来るのですか……?」
ごわごわした太公望の上着に頬を押し付けつつ、楊ゼンは掠れそうな声で訊ねる。
「断言は出来んが努力するよ」
わっと、ステージ近くで声があがった。拍手に包まれ、演者は照れたように頭を掻いている。
「凄い殺し文句ですね、今の」
太公望の耳元にふっと息を吹きかけ、楊ゼンは笑った。
「……ちょっと距離が近すぎやせぬか?」
「いいじゃないですか、美女と密着なんて二度とない機会ですよ?」
「……失礼な奴」
「はい。……一杯頂きますよ」
楊ゼンは、太公望の杯に手を伸ばした。
「はーい!エントリーナンバー36!!美少女スパイ蝉玉、うたいまーす!!」
ステージでは、敵だとか言っていたはずの蝉玉がやる気満々でポーズを取っていた。
どっと歓声が上がる。
向こうの方では、南宮カツ将軍の怒声なども聞こえてきて寝ていた文官などが慌てて飛び起きたりしている。
そんな様子を眺めつつ、二人は顔を見合わせて笑った。
 
 
「おう!お二人さん、こんなところにいたのか」
「……武成王も大変だのう」
気さくに手を挙げた黄飛虎の背には、すっかり熟睡の体の天祥が負われている。その両手は、目もとろんとした次男三男の手を引いており、今から帰るところのようであった。
「よいお父さん風情だのう」
「誉めてもらったと取っておくぜ」
照れたように飛虎は笑う。大声に、天爵は非難の目を向けた。
「でもおめえさん達もお似合いの夫婦っぽいぜ。太公望殿も嫁さん貰っちまえばどうだ?」
「いや〜〜んvお似合いですってv妲己嬉しい〜〜んvv」
悪ノリした楊ゼンが声音まで戻して妲己になりきる。
「……気色の悪いことを言うでないわ」
しなだれかかる楊ゼンを押し退けて、太公望は厭そうな顔を見せた。
「……楊ゼン」
「はい?」
「わしも帰る」
「承知しました」
押し退けられた楊ゼンは、小さく笑っていたが。
飛虎がヴン……という音を聞いたように思った時には、既に傾城の美女の姿はどこにも居なかった。
その代わり。
「ではのう。おやすみ」
太公望は蒼い髪の美丈夫の首に回されていた片手を外し、飛虎に手を振る。
そんな太公望を横抱きにした楊ゼンは、会釈を一つするとそのまま建物に向かって、暗がりへと消えていった。
飛虎が、変化を解いた楊ゼンが太公望を送っていったと理解した時には、既に二人の姿は見えない。
「……なんだ、変化ってのは何度見ても慣れねーよな、……」
呟く飛虎に。
「親父、ツッコミ入れるべき所はそこじゃねーさ……」
すっかり目の覚めた天化による力無い指摘がなされる。
そうしている間にも、飛虎は置き去りにされた四不象をどうしようかと頭を悩ませるのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〈了〉


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100番をゲットしてくださった風村裕真様のリクエスト作品……の、はずが……(汗)
 
・当然、楊太です
・お祭りとか宴会とか・・・そういう明るい席での楊太
・ほのぼのとするものがいいです。
・宴会とかを横目で見ながらいちゃいちゃとか。            (メールより抜粋させて頂きました)
・お祭りとか宴会とか・・・         
 
……ほっ、ほのぼのしてますかっっ!?(ちがう!絶対違う……!!!)
明るくなさそう!?
っていうかビジュアル妲太……ってそもそも太楊くさい!!!??
ぎぃいいぃぃゃあああああぁぁぁぁううううあああ!!!!!!!(死)
 
明るい席……と聞いて、宴会なら楊ゼンさんがまた女装とかやらかして場を盛り上げてるんでは……と咄嗟に考えてしまったのが敗因です。変化を解いてからいちゃいちゃしろよ……(涙)
タイトルは、「明るい席」=「ハレの日(民俗学)」という連想。
同時アップしたところで、全然毒消しになんないどころか謎の化学反応起こして口当たり最悪になってるかと思いますが……ううう(T_T)
 
風村様!すみませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!(号泣)
風村様のお書きになる素晴らしい小説とは雲泥の差ですが、ヘボなりに精一杯やった結果が……コレです……(死)
申し訳御座いません。ごめんなさい。
 
風村様や読者の皆様のお怒りが怖い……ので、今から穴掘って隠れてようと思います。
さて、逃げろ……。