「……雨、已みませんねぇ」
 
どうにも未練がましい思いから、漏らすように呟いた。
ここ数日降り続いている雨の勢いは、一向に衰える気配が無い。
 
 
 
 
 
日頃多忙を極める軍師とその副官。首脳陣が二人も欠ける訳にもいかないし、休養を取るにしても大抵が交代にするしか無いんだけど、それには不満が無くもない。……特に、付き合い始めの恋人達にとっては。
周公旦君に頼み込んで、閑散期を狙ってようやく同日の休暇が取れた当日が、今日。
折角の休日なのだから遠出でも、とデートプランを練っていた僕としては、窓を横目で眺めつつ恨めしく思う他無い。
尤も、この時期には西岐では長雨が続き、屋外での作業が殆ど凍結するからこその閑散期なのだから、今日だけ晴れて欲しいというのは虫の良い期待だったのだろうけど。
 
 
「これじゃ、何処にも行けませんね」
「まあ良いではないか。わしは部屋でダラダラしとる方がいいよ」
「こんな格好で?」
 
太公望師叔は身体に敷布を巻き付けているだけの姿で上体を起こしている。寝台に横たわったまま、僕がその敷布を軽く摘んでずり下ろすと、険のある目つきで睨まれた。
といっても、熟れた果実のように真っ赤にした顔でそれをされても、此方としては笑みを誘われるばかりで。
 
「……ダアホ!」
「はいはいすみませんね」
 
近頃の師叔は照れ期に入っているらしい。
初々しい生娘のように恥じらう様は、幼げな外見と相俟ってとても可愛らしく、僕は目尻を下げっ放しだ。……まあ、やってることは今更なんだけど。
 
 
これも師叔のサービスなんだけどね?
 
気紛れに変わる態度の何処までが計算されたものなのかは、よく判らない。でもまあ僕も楽しいし、師叔も楽しんでるならいいんじゃないかな。
 
そっぽを向く人を、一旦起き上がって腕の中に抱き締める。案外大人しくしている師叔に気を良くして、僕はそのまま倒れ込んだ。自動的に抱き合ったまま伏すことになる。
晴れていたなら、とうに日も高いような時刻にじゃれ合っている。
くすくすと、何故だか可笑しさが込み上げて、二人で忍び笑った。
 
自堕落だ。
 
 
 
 
 
 
 
雨の日は、やけに静かだと思う。
水を含んだ空気が、音の伝わるのを邪魔しているのかもしれない。薄く張り巡らされた水中では空気の振動は酷く緩慢で、言葉は届く前に押し込められ、消えて逝きそうな。
 
「ねえ知ってます?」
 
それが厭で、僕は意味もなく言葉を垂れ流す。
 
「このような長雨、なかんずく穀物に害を及ぼすような長雨を淫雨とも言うんですよ」
「ほう、それはそれは」
「……ぴったりだと思いません?」
含みを持たせて問い掛ける。
けど。
 
「数ある同義語の中でも、陰雨や淋霪でなく淫雨を持ってくる辺りがおぬしらしいのう」
 
揶揄する口振りの中に、しかし僅かに咎める響きを感じ取って、博識の彼にたわいも無い話を得々と披露していた僕はばつが悪くなる。
意図が意図なだけに恥ずかしいというか、ね。
 
「でも、この雨を表現するには、一番しっくり来ると思うんですけど」
「さてのう」
 
大した根拠の無い主張。
自分でも負け惜しみというか、誤魔化す為に食い下がっている感は否めない。
体裁を整えれば良いだけで、別に師叔を説得しようとした訳ではないのだけれど。
 
 
 
「では問う。淫雨とは何ぞや?」
 
不意に、笑みを消した固い声で、切り込むように問われる。真剣な師叔の面持ちに、此方は少し面食らう。
寝そべりながらも、慌てて居住まいを少し正して。
……うん、助け船のつもりなんだろうけど、これは。
 
「え…っと、淫とは水に浸る、転じて度を過ごす意であるから。
度を過ごした雨、地に溢れんばかりに降り続く長雨、ということでしょうか?」
 
面接官の顔色を窺う受験生の気分になって、しどろもどろに答える。
これで良いのかと、ちらと視線を送って。
 
 
「詰めが甘いのう」
 
硬い表情を急に崩し、破顔したかと思うと。
師叔は、その白い腕を伸ばして僕の頭を引き寄せた。散らばっていた髪が敷布を滑るさらりという音が、無音の空間に響く。
 
深く口付けられて、それに応えるべく忍び入ってきた柔らかな舌を絡め取る。
師叔の薄い肩を抱いていた手を、僕は作為をもって背中に滑らせた。僕の髪を掴む師叔の手が、しがみつくように手繰り寄せる仕草をする。
 
四肢を絡めて彼我の体温を分け合う間も、僕らはお互いを貪る行為に熱中した。
 
 
 
 
 
いつの間にか主導権を僕に奪われていた師叔が、不意に僕を押し退ける。
 
「……クソ真面目な答えも良いが。みだりがましい、ひいては関係の不純を揶揄する意で口にしたのだろう?TPOによって答えも違うだろうに、今のはちと卑怯だのう。
 
……ああ、淫には惑わす意もあったか」
 
 
にぃ、と。
目尻を僅かに朱に染めて、口角を三日月型に吊り上げる。


 
ぞっとする程、妖艶な笑みだった。
 
 



僕の背中を何かが這い上る。
 
「……照れ期は終了ですか?」
 
畏怖にも似た欲望を取り繕うのに失敗して、彼人の耳元に、掠れた囁きを熱い息と共に注ぎ込む。
 
「次は何が良い?」
「では、今日一日は、淫らなあなたでいてくれますか?」
 
 
答えは、再び落とされた口付け。
 
 
 
 
 
 
 
雨は、まだ已む気配は無い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〈了〉
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あははー、リク書かずに再びPillow Talk今度は昼間編(死)。ナニやってんですかあなた達、っていうか梓さん。
これもルーズリーフ3話の内の一つ。今回は普段通りに書き足しましたけど。それでも短いですな(^^;
今回の目標は「裏行きになる程いやらしい」でした、が、……所詮ちゅう止まりだしね!(死) 照れる師叔がここ数日のマイブーム。
残り一つは話にもなってない断片ですので、今すぐどうこうする気はないです。完璧に最中(爆)なので、書けたら迷わず裏行き決定なんですけど……。

『雨の名前』読んで、雨一つ取っても呼称が様々で、日本語の豊かさを感じたり。
しかし、この語に反応してしまう自分の底の浅さが随分不愉快ですけど(死)。
高橋順子さんは詩人で、説明の言葉もきれい。随所に鏤められているエッセイや詩も良いです、お薦め。
巻頭、春の雨に付けられている詩が楊太っぽいなと勝手に思ったり。要は好きなんだ。
堂々と此処に書くのは著作権がアレなので、こっそりリンク(笑)。

次こそは、正真正銘リク作品に取りかかります。
頭では固まってきたので、文字にすりゃいいだけなんですが。……これがなかなか大変さ……。
考えるのは楽しいです、物凄い好みのリク頂いてて(笑)。ふふっ♪