凍風の子守唄
……あつい、のかもしれない。
よく解らないが。
死ぬんじゃないかとまで思ったが、心臓はゆっくりと元に戻ってきている。重畳なことだ。
「――うす、師叔。もうお休みになりましたか?」
「ボケ。そう思うならわざわざ起こすな」
意識が沈んでいくのを緩緩と感じていたら、傍らの馬鹿者が肩を揺さぶってきおった。
寒い冬場には重宝するが、こういうのは鬱陶しい。大体湯たんぽとして使用するには体温が熱くなりすぎるのもいただけない。
だからといって今は進軍中、隙間風の出入りし放題なテントに一人眠るのも、冷え性のわしにとって酷な話な訳で。
黙って人間湯たんぽになってくれるのが一番都合良いのだが、こやつにも正当な報酬を受け取る権利がある訳で、不本意ながら結局こういうことになる。
どうも腕の手当を任せて以来、こっちの立場が弱くなった気がする。
渋々寝返りを打って奴の方を向くと、相変わらず無駄に整った顔が至近距離に近付いた。……ムカツクのう。
「……用事があるならさっさと言え。聞いたらわしはすぐに寝る」
安眠妨害は食物の恨みの次に強いものである。しかもわしは疲れとるのだ。
「えー、そんなあ。もっと色々とお話ししましょうよ」くすくす。
わしの態度も予測済みだったのか、別段気分を害することなく疲労源は楽しそうに笑った。何が可笑しいのかさっぱり解らぬが、気にすることでもないので放っておく。
「……用がないのなら寝る」
「あ、待って下さいってば。そうですねえ……以前から訊きたかったんですが、師叔って僕の何処が好きなんですか?」
……ひょっとしてこやつも熱くて茹だっておるのだろうか。それなら寝台から蹴り出せば一発で頭も冷えると思うが。
質問に応えを返したらなし崩し的に会話が継続してしまう気がする。安眠妨害だ。
「そうだのう……泣かせてくれるところ?」
存外真面目に答えてしまった。
「ロープとか?」
「そうそう」
「あなたって案外マゾですからね。痛いの大好きでしょう」
「苦いのは嫌いだが」
せめて生理的泪くらい出さないとやってられない。感情で泣くことなどとうの昔に忘れてしまった。
思い出したように時折疼くのは、昔死んだ子供の残滓。今はもういない。
……そんな判り切ったことはわしも言わないしこやつも言わない。
言うだけ無駄。何が変わる訳でもないし。
「それで……?おぬしはわしの何が好きなのだ?」
なんとなく眠る機会を逃してしまった。こうなればとことん付き合うことにする。我ながら甘いがこやつと話すのは嫌いじゃない。
「全部……と言ってもあなたは納得してくれないのでしょうね」
「当然だ」
そんな個性のないキャラだった覚えはない。
「ひょっとして身体目当てだったりしたら怒るぞ」
蓼食う虫も好き好き、痘痕も靨。こんなお子様ジジイの貧相な身体の何が良いのかはわしにとってもかなり謎だが。
「僕の愛情表現をそんな風に解釈してたんですか……」
「いや……すまん。愛のある情交を殆どしてこなかったものでな……」
「それ最低です……。
まあ、僕の場合はそれしか愛情を表現する術を知らないのが問題なんですけど」
「割り切ってしまうのも問題だが割り切らないのも問題だな」
「ええ。そうですよね……」
話がずれた。
「それで結局わしの何処が良いのだ?」
「……実は僕もよく解ってないんですよねぇ……」
「………おい」
こやつ…………(怒)。
「刷り込みじゃないですけど、生まれて初めての敗北であなたのことだけ考えていたら、他のモノが目に入らなくなったというか」
「……それって絶対恋じゃない」
「当然ですよ愛なんだから。僕の全世界です」
前から思っていたが、実はこやつアホだろ、絶対。
「愛してますよ、太公望師叔」
「うんうん解った……」
多分、外は寒い。冬だし。
隣にいるこやつは暖かい。
ついでだから残った片手を使って思いっきりしがみついてやった。そんなわしを当然の如く引き寄せて、奴は腕を回してくる。
髪を梳いてくれる。気持ちいい。
こやつと話すのは嫌いじゃない。最低限度の言葉で通じるし。余計なことは訊いてこないから楽だ。
だが……こやつとなにも話さない時の方がもっと好き。
何も言わず抱きしめてくれるのがいちばんすき。
これでいかがわしい真似をしてこなかったら最高なんだがのう。
もうそれしか知らないこともないだろうに。
そっと伸ばされる指が優しくて泣きそうになる。錯覚だが。
「師叔……お休みなさい」
「ああ、お休み………楊ゼン」
また緩緩と瞼が重くなってきた。外では身を切る風の音。耳元には愛しい者の心音。
今夜はよく眠れるだろう。
……もう寒くないから。
〈完〉
清らか師叔ファンの皆様方、剃刀は、間に合ってますので。