ある時、いつものように二人で旅をしていると、不意にレゴラスが言いました。
「海を渡るよ、ギムリ。僕はもう中つ国に飽きてしまった」
「いいんじゃないのかね」
 それを聞いたギムリの胸は悲しみに押し潰されんばかりでしたが、口ではそうとだけ告げました。
 かつての仲間、アラゴルンの名が未だ馴染むエレスサール王が永遠の眠りに就いて以来、ギムリには覚悟が出来ていたのです。死すべきさだめにある者として、何が言えたでしょう!今たとえレゴラスを引き止めたとして、ギムリは遠からず死んでしまうのです。不老不死のエルフを孤独にさせてしまうより、自分が彼を見送る方がずっとましだと、ギムリは考えたのでした。


 そうして、二人は灰色港へと足を向けました。
 
 
 
 今では西への出航者もほとんどおらず、港は閑散としていましたが、意に介した風もなくレゴラスは言います。
「手伝ってくれるよね、ギムリ」
「ああ」
 とだけギムリは答えました。
 そうして二人は木材を調達し、一艘の船を造り始めましたが、やがて作業はギムリの独壇場となりました。ドワーフが優れた工芸師であるのに加え、気紛れなエルフはじっとしていることに飽きてしまったからです。
 エルフの設計図を見ながらギムリはそれに改良を加え、板を組み合わせました。レゴラスがカモメを追いかけたりカニに指を挟まれたりしている間に、ギムリは組み立てた船体に木の葉や花びらといった模様の装飾をほどこし、最後に船底の目立たぬ隅に、小さくルーン文字で一文を彫り込みました。
 その日もレゴラスの波打ち際恋人ごっこをしようという提案を黙殺して、ギムリは一人むっつりと作業を続けていましたが、潮干狩りに熱中していたレゴラスが珍しくドワーフに呼ばれて近付いてみれば、灰色の船はもうすっかり完成していました。
 それは比較的小型の手漕ぎ船でしたが、一般的なボートのように不安定に揺れたりはせず、一度に五人が旅しても平気なくらい立派な造りでした。何よりもちりばめられた複雑で繊細な彫刻は、どんな王侯貴族の持ち物にも勝る豪奢さでした。
「ああ素晴らしいよギムリ!」
 この新しい船にすっかり魅せられて、レゴラスは叫びました。
「なんて美しいんだろう!僕はこんな船を初めて見たよ」
「わしもだ」
 レゴラスの笑顔を正視出来ず、ギムリはそっぽを向きました。あまりの悲しみと寂しさに、何を口にすれば良いのか分からなかったのです。
「荷造りはしているんだろうな?これでいつでも旅立てるというわけだ!」
「今すぐにだってね!」
 肝を潰すようなことを言いながら、レゴラスはギムリの長い髭を引っ張りました。
「痛い痛い痛い!」
 ギムリの悲鳴を無視してずるずると引きずり船の前まで来ると、レゴラスは小柄なドワーフの体を抱えて船中に放り込み、次いで自分もひらりと飛び乗りました。
「やあ、乗り心地も良さそうだね?早く水の上に浮かべてみたいなあ!」
「痛いぞレゴラス、何をするんだ!」
 無邪気にはしゃぐレゴラスに、涙目になりながらギムリは抗議しました。
「何って、君にも乗り心地を試して貰わなくちゃ!」
「わしには関係ないだろう!」
「関係ないなんてことあるわけないさ、君は僕と一緒に船出するんだから!」
「なんだって?」
 怒りも忘れて、ギムリは仰天しました。
「あれ、言ってなかったかい?僕は最初から君を連れて海を渡るつもりだったっていうのに」
「海を渡るドワーフなんぞ前代未聞だ!」
「僕たちの関係からして前代未聞なんだ、これ以上特例が増えたって構うものか!あちらにはガラドリエルの奥方もいるし、君は必ず歓迎されるよ」
 レゴラスは楽しそうにまくし立てましたが、ギムリが返答せず黙り込んでいるのを見て、ふと眉をひそめました。
「……もしかして嫌だった?なら無理にとは言わないけど」
 ここまで無理矢理引きずり倒しておいて、今更それもないだろう。怒った表情を保ちながら、ギムリは苦笑をこらえました。何せ船はもう完成しているのです。
「行ってやらんでもない」
「ああ良かった!君とならどこへ行ったって楽しいに違いないよ、ギムリ!」
 レゴラスは満面の笑みを浮かべたので、ギムリは照れ隠しに苦労する羽目に陥りました。
 
 
 
「あれ?ここ、なんか書いてある」
「むぅ!」
 すると、ギムリもすっかり忘れていた例の落書きを、エルフの優れた目が早々に見出したではありませんか。
「なんて読むんだい?ドワーフ語は読めないんだ」
「意味のない落書きだ」
「……ふぅん」
 ギムリは共通語あるいはエルフ語で書かなかったことに安堵していましたが、にやにや笑うレゴラスがギムリへの理解を深める為にドワーフ語を習得していた可能性には全く気付きませんでした。
 
 ――二人が灰色港を出港したのは、その三日後のことです。
 
 
 
 
 
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追補編におけるレゴギム出航話の筈だったのですが、その追補編に「あ、イシリアンで建造したって書いてるやん…」と気付いてしまった時点で甚だしく書く気力減退した曰わくが……って、アホ過ぎです私。
修正しようにもレゴが浜辺でカニと戯れる辺がキモなので、弄りようが…(汗)。←寧ろ王子ファンの呪い?
はあ、イシリアンってコトは、一緒に移住した配下のエルフ達がえいこら本格的なブツを造ったんでしょうなあ。
その場合燦光洞に住むギムリを、レゴラスが餅に咽詰まらせて危篤とかいうウソ手紙で呼び出して、のこのこ駆け付けたところを有無を言わさず拉致したんでしょうなあ。
そーゆーバージョン書きたい気はしないでもないけど、心理描写が面倒だから別にいいや……。

原作的語り口と言いつつ、簡単な語彙や漢字だけを使うのは意外に楽な作業でした。原作での一人称は二人とも「わたし」ですけど。


※以下蛇足というか語り↓

改めてエルフの渡海のこととか考えてたのですが、レゴラスって東のエルフなのに何で渡海してるんでしょうか?
西へ行きたがるのは、一時期アマンで暮らしてた西の上のエルフだけの習性(?)だと思ってたので、よく考えると奇妙だ……。
こうなると出航したという後世の伝承はガセで、実際はただの拉致監禁無理心中だったりしたら怖いなあと思います(ナイナイ)。
ひょっとして追補編には書いてないだけで、スランドゥイルもケレボルンも、東西関係なくエルフというエルフは悉く第四期に渡海しちゃったりしてるのでしょうか。はてな?

大体、中つ国第三期になるとヴァリノールは世界の輪から外されて地球?は球形に変化したとかいう話を聞きますが、だとするとエルフはどこへ向かって出航してるのでしょうか……。噂の新大陸なのか、中つ国の東岸だったりするのか、トールキン英国神話創造意欲の示す通りブリテン島なのか、……那智の坊主みたいに補陀洛渡海とか言いつつ全員海上で干涸らびてたら最高に 厭 だ !(恐怖)
……とか思ってたら、ガラドリエル様やエルロンド卿は海を渡った後トル・エレスセアで暮らしたという噂をネット上で聞き付けて、一応アマンの端っこ(島だけど)には辿り着けてたんだと一安心しました(笑)。もしや、トル・エレスセアがある意味トールキン的にはブリテン島なのでしょうか。
にわかファンはこーゆートコでも一々疑問符だらけなのが悲しい……。

エルフの船は異次元空間と化したアマンにも辿り着ける仕様ってことで、ドワーフには建造不能かもしれません。
この話って完全無欠に意味ないなぁ。