「……ねぇ、ツナギ脱いだスパナも見てみたいなー」
甘えるように、というより強請るように、ツナは上目遣いで腕を絡めてきた。ウチらは身長差がかなりあるので、腕を組むというよりぶら下がっているようにも見える。
日本人の中でも小柄であどけない顔立ちのツナはそんな仕草も似合わない訳じゃないが、普段のツナらしくない、まるでクラスの女子のような態度だ。
「駄目。作業にはこれが便利だから」
しかし却下した途端、可愛らしさを存分に意識した笑顔が、みるも無惨に歪んで崩れた。それはそれで見たことのない表情だ。
「だからって、デートにまでツナギで来ることないだろ!!」
今は作業してないじゃん!と、ウチの耳元に届くよう背伸びしつつぎゃんぎゃん喚いているツナとは、留学先の日本で出会った。昨年参加したロボコンの会場だった国だが、ついでに見学した国内予選のレベルの高さに感銘を受け、日本の工業高校への留学をその場で決意した。
ツナは、本で読んだ日本のイメージをそのまま体現したような子だ。小さくて可愛くて、神秘的。男だけどヤマトナデシコだから、付き合ってこの方、口答えしたり我儘を言ったりしたことは一度も無かった……のだが。
ウチの困惑を察したのか、ますますツナは目尻を険しく釣り上げる。
「今まで我慢してたけど、もう頭にきた!」
叫ぶ間もウチの腕を掴んだままだったことを今更意識したのか、憤懣やる方ないといった勢いで振り払われた。自分から掴んできたのに不可解だ。
「機械弄りに熱中したら約束はすぐにすっぽかすし、アイディア閃いたらデートの途中でも帰っちゃうし、それはもう諦めてるけどせめてツナギだけは着替えてきてよ!!」
「何で?」
「なっ……なんでって……」
今ツナが挙げた短所の中では、ツナギが一番些細なことだと思える。執拗にそこに拘るのは、何か理由があるんじゃないかと問い返せば、突っ込まれることは想定外だったのか、ツナは急に語尾をあやふやにさせた。よく見慣れた狼狽の表情に、人が変わったようだったツナの剣幕に内心で驚いていたウチも漸く安堵する。
「……嫌いなんだ、ツナギ。父さん思い出すから」
「父親は技術職?」
「ううん、何やってるのか詳しくは知らないけど、……ガテン系、みたいな?」
「ふーん」
語尾が疑問系な理由はよく解らないが、技術関係でないなら父親に興味は無い。
「日本人はジュキョーの信者だから、皆が親のことを敬っているのかと思ってた」
「そんなの人によるよ。あんな何年も家を開けっ放しの放蕩親父、敬う方が無理!」
そういえばツナの家庭のことを聞くのは初めてだった。家のことに限らず、ツナは自分のことや普段付き合っている友人のことを余り口にしない。日本人特有の奥床しさだと思っていたが、この口調からすると話したくない理由があるのかもしれない。
それはともかく、
「じゃあ問題ないな」
ツナの怒りの原因が判明して、本当に良かった。理由が判れば、解決法も自ずから明らかになる。
「父親のことが嫌いだからツナギが嫌いってことは、ウチのことが好きだからツナギを好きになる可能性もあるってことだろう?」
「なっ!!」
ツナは、唖然としたように目を見開いて、そして、リトマス試験紙のようにじわじわと肌を真っ赤に染めていった。眉は顰められたままだが、これは怒っているのではなく、恥ずかしがっているのだ。
「ウチも最初は日本が好きだからツナのことを好きになったけど、今はツナが好きだから日本のことも好きだと思えるし」
駄目押しとばかりにそう言葉を継げば、これ以上赤面した顔を見せたくなかったのかもしれない。甘えるのとは違う必死さでしがみ付いて、ウチの鳩尾に隠すように顔を埋めてくる。
「……じゃあ俺、ツナギ好きになれるように努力する」
ぼそぼそと、ツナギの厚い生地に邪魔されくぐもった声音はそれでも確かに届いて、ウチは小さな体を腕の中に抱き込んだ。上体を折り曲げれば、ツナのふわふわした髪が顎の下まで近付く。すんすんと鼻を啜るような音も聞こえて、抱き締めた恋人のことがますますいとおしくなる。
日本への好意とツナを好きな気持ちがぐるぐる巡ってどちらも大きくなっていくように、ウチの気持ちとツナの気持ちも循環して深くなっていけばいいと思う。
――うん?循環か……、ロボットのアームを何回転もさせることで遠心力を生んで、ボールの飛距離を伸ばすことが出来るんじゃないか?
うん、次の大会はこれで行こう。やっぱりツナはウチにとってのミューズだ。得難い恋人だ。
くっついている柔らかい体を引き剥がす間ももどかしい。ウチは挨拶も早々に、踵を返した。
「悪いけど、用事が出来た」
公園の時計に目を遣る。午後三時。高校までの移動時間を考えると、今度からのデートはもっと近所がいいかもしれない。背後から
「え!嘘、マジ!?」
ツナの悲鳴じみた絶叫が聞こえてきたけれど、多分問題はないだろう。最大の関門は今克服したばかりで、それ以外の障害などウチらの間に存在しないらしいから。何せ、ウチの恋人は世界に名立たるヤマトナデシコだ。男だけど。
いつかウチがガ●ダムみたいな有人型ロボットの開発に成功したなら、どんな遠い場所へでも二人で行くことが出来るだろう。今日のことも笑い話になっている筈だ。
確信を抱きつつ、丁度やってきたバスに飛び乗った。車窓越しに来し方を振り返ったけれど、公園の出口にツナの姿は見えなかった。
 
 
 
 
 
Allora.