沢田綱吉の恋人は半端なく思い込みの激しい男だ。
「じゅうだいめえぇぇぇ!!!」
「うわぁっ!?」
下校中、二人で寄り道した駅前の本屋。漫画の新刊棚をチェックしていた綱吉に突然タックルを仕掛け、獄寺隼人が凄まじい勢いで店内から彼を引き摺り出したことにも、ああまたかと思うだけである。手に本持ってたら万引きになっちゃったよなー、今のタイミングで良かった良かった。商店街を爆走する獄寺に強制連行されつつ、綱吉は相変わらずの恋人へと生温い半眼を向けた。
「どしたの獄寺君」
そもそも、二人が交際を始めた切っ掛けも獄寺の勘違いだった。何が原因であったものか未だに綱吉は量りかねているのだが、男同士だとかいった諸々の障害を一気にすっ飛ばし、獄寺は自分と綱吉が相思相愛であると何故だか思い込んでしまったのである。今では良い思い出だが、当初の綱吉にとって獄寺の猛烈な愛情表現はかなりの恐怖だった。
「十代目……」
日の射さない煤けた路地裏に連れ込まれた場合、ダメツナが真っ先に思い付くのは恐喝の可能性である。しかし相手は綱吉に貢ぐことはあっても所持金を髦り取る筈もない獄寺であり、尾行を気にするようにキョロキョロと頻りに周囲を警戒している様子は、急に人目を忍んでいちゃつきたくなったという風でもない。
慌てず騒がず、おっとりと曖昧な笑みを浮かべて話を促した綱吉を、額の汗を拭いながら獄寺は凝と見下ろした。緑がかった薄い色の瞳には、絶望と焦燥の焔がめらめらと燃え盛っている。
「UFOです」
「は?」
どうせいつもの、本屋の店員があなたを視姦していたキイイ許せねー!とかの邪推で興奮しているのであろうと高を括っていた綱吉も、流石にその台詞には気が遠くなった。
目の色を見るまでもなく、初めから獄寺は真剣である。そもそも綱吉相手に冗談を言うキャラクターではない。
「俺達は狙われています」
「えっと……、獄寺君、さっき本屋で何読んでたの?」
「『月刊世界の謎と不思議』最新号です。今月は恐怖!宇宙からの侵略者特集でした」
「そのまんまだーー!?」
恋人がいきなり変な電波を受信した訳ではないと知って綱吉は胸を撫で下ろしたが、獄寺の側は安堵するどころか益々そわそわと、落ち着きなく肩を揺らしている。
「失礼ですが悠長にお話している場合じゃないです十代目!早く逃げなければ……!」
「あのね獄寺君、ああいう雑誌に書いてる話って……」
「いいえ!」
綱吉が何を説得する間もなく、獄寺は自信満々にそれを遮った、というよりも端から話を聞いていない。眉間に皺を寄せた真剣な表情の恋人にずずいと至近に迫られ、綱吉は状況も忘れてつい頬が熱くなった。性格には難が多いが、顔だけは抜群に良い男なのである。
「獄寺く……」
「メカニックのジャンニーニを覚えてますか、十代目」
「………えぇ?」
少々甘い雰囲気に浸っていた綱吉は空気の読めない恋人にイラっときたが、頭に血の上った獄寺にそのようなものを求めること自体、最初から無駄である。
「あいつの乗り物……UFOでした!宇宙人です!!」
言われるままに、先日自宅にやって来たつるんと丸っこいフォルムの小男のことを思い出す。ヨヨヨヨヨ、とか謎の音を発するあの乗り物に綱吉は何度も踏み潰された。態とだか何だか知らないが、機体の重さに加えジャンニーニ本人も小柄な割に重量級だった所為で、下敷きにされるのはマジで苦しかった。本当にボンゴレの関係者には碌な人間がいない。
「まあUFOっぽかったけど……、でもそんなデザインってだけじゃないの?」
「宙に浮いてましたよ!?」
現代科学の力では、あの小型の船体を垂直方向に浮遊させ、尚且つ駆動音の極めて静かな、あのような動力源が存在する筈がない、と獄寺は主張する。
「そっ……」
そんなの今更ではないか。綱吉の知るマフィア関係者が、常識を超えるぶっ飛んだ人間揃いなのは今に始まったことではない。大体十年バズーカとか。
「しっ!お静かに十代目!」
チリンチリンと、すぐ傍の表通りをママチャリが横切っただけなのだが、まるで敵襲に際したかのような剣幕で獄寺は綱吉の口を塞いだ。口元を覆う獄寺の、自分とは違う硬く骨っぽい掌の感触に、不覚にも綱吉は胸を高鳴らせてしまった。
が、相手は獄寺である。
「ここは危険です!俺についてきて下さい!!」
強引に綱吉の背を押して、商店街とは逆の方向に連れ出そうとする。生ゴミ臭を放つプラスチックのゴミ箱をガンガン蹴飛ばしつつ、裏路地を全力疾走。
「ヒィィイィーー!!」
縺れる足で必死に獄寺の歩幅に合わせる、綱吉にしてみれば堪ったものではない。
 
 
 
ぜー…っ、はー…っ。
二人は荒い息を吐きながら、沢田家への通い慣れた道をよろよろと歩いていた。ひとまず安全な場所へ!と方々に引っ張り回された挙句、獄寺には何の目的地もなくひたすらご町内を駆け巡らされていただけだと悟った綱吉が、後れ馳せながらも自宅に来るよう誘ったのだ。
散々走った所為で足が鉛のように重い。自然と綱吉は言葉寡なになって、隣を歩く獄寺に寄り掛かり気味となった。煙草の害か獄寺の方も呼吸は荒いが、綱吉と違って足取りはしっかりしている。
「エリア51では米軍が宇宙人と日夜共同研究を繰り広げているのです!ネバダ州で目撃されたブーメラン型UFOも、米軍の最新戦闘機ではないかと言われています」
「へー…」
「宇宙人は既に地球へと降り立っているんです。マフィアだって接触を図らない筈がありません!」
整わない呼吸に構わず獄寺は高らかに宣言し、当然のように噎せた。げほごほ。
「大丈夫?獄寺君」
「はいッ…、」
綱吉に背中を擦られた獄寺は目尻を下げてデレデレしたが、すぐさま表情をキリリと引き締め直す。
「十年バズーカ然り特殊弾然り、マフィア界の持つ技術のかなり多くがオーバーテクノロジーです。ぶっちぎりで最先端です」
その点は常々綱吉も感じていたことなので黙って頷いておく。獄寺は、これこそマフィアが宇宙人から技術提供を受けている証なのだと言う。
「そして十代目は大事なボンゴレの後継者。俺は部下の身でありながらそんな方を誑かした罪深い男…!組織がこのまま黙っている筈がありません。俺達はボンゴレに依頼された宇宙人どもに誘拐され、十代目は俺に関する記憶を消され俺はそのまま宇宙に連れ去られおぞましい人体実験の餌食とされて命を落とすのです!!」
感極まった獄寺は、ご近所のブロック塀に拳を叩きつけ断言した。完全に脳内妄想の虜である。
その悲愴な顔を覗き込む綱吉は、それなら宇宙人に頼む前に組織が刺客を放つんじゃないかなぁ…と思ったが、しかし獄寺の真意には感動を覚えた。何の理由もなく、無闇に宇宙人を恐れていたのではなかったのだ。
そっか、獄寺君にも俺達の関係がタブーだって自覚はあったんだ……。
トンチンカンながらも綱吉のことや自分達の関係を守ろうと真剣な恋人にホロリとした綱吉は、何度も塀を殴って赤く擦り剥いた獄寺の拳を、慰撫するようにそっと両手で包み込んだ。
「……十代目ぇ…」
「獄寺君、もうそこ俺ん家だから。お茶でも飲みながらゆっくり宇宙人対策考えよう、ね?」
本音では宇宙人の実在など全く信じていなかったが、そう言って宥めれば獄寺は泣き笑いのように顔をくしゃりと歪め、次いで常に綱吉へと向ける満面の笑みを浮かべた。
点描をバックに見つめ合う二人は、この瞬間心が一つに重なった、と互いに確信した。が、往来で抱き合う寸前で綱吉の方が我に返って獄寺の手を引く。幼子のように導かれるままとてとてとついて来る綱吉の健気で可愛い恋人。
このまま部屋に連れ込めば、対策という名目で思う存分イチャイチャ出来て、そうしたらUFOのことは有耶無耶になるに違いない。
計算を巡らせ内心ほくそ笑みつつ、綱吉は自宅の門扉を押し開けた。
 
「…………んなっ!?」
 
しかし好事に魔多し。何事もそう簡単には行かないのが世の常である。
有耶無耶になるどころか、綱吉は目を見開いて絶句する羽目となった。
「み、……」
「ミステリーサークルです十代目ぇぇ!!」
後を引き取るように、獄寺が恐怖に満ちた叫びを上げた。
「うそーーー!!?」
自宅の庭にミステリーサークル。先週あたりから母親に庭の草毟りお願いねぇ、と言われて、しかし面倒臭くてそのまま放ったらかしにしていた雑草が、一部分だけ円形状に薙ぎ倒されている。いや、よく見れば単なる円形ではなく、複雑な模様を描いているようにも見え……。
「マジで!?」
「十代目!とうとう奴らが来たんです!これはUFOが着陸した跡ですよ!?」
誰かがUFOを呼ぶ儀式をしたんです!と獄寺の指差す方に目を移せば、地面に小枝か何かを使って奇妙な図形が描かれている。
「UFOを呼び寄せる際は目印になるような図形を描くのがルールなんです、ナスカの地上絵もUFOとコンタクトを取る為のものなんですよ!?」
「ええーーー!!」
こんな小さな絵が果たして上空から見えるものだろうか、と訝みつつも綱吉は目にしたミステリーサークルの所為でパニックを起こしかけている。
「この家にも奴らの魔の手は迫っています!逃げましょう十代目!!」
門を潜った時とは反対に、獄寺の方が手を引っ張って綱吉を連れ出そうとする。全力疾走してもびくともしなかった足は生まれたての子牛のようにがくがくと震えているのに、綱吉を置いては行けないと必死でこの場に踏み留まっている。
「ん?子牛?」
既視感のあるフレーズにふと綱吉が首を傾げた、正にそのタイミングで。
「ぐぴゃあ!!」
「うわーーーーーっっ!!?」
二階の窓から牛柄の服を着た居候が降ってきた。
「アホ牛!?」
とさり。
ミステリーサークルの丁度真ん中に落下したランボは、俯せになったままぴくりとも動かない。それを凝視する二人の間に嫌な沈黙が流れた。
「…………………」
「……………………行きましょう十代目!」
どかんと、門扉を蹴破る勢いで獄寺は沢田家の敷地を飛び出した。綱吉を連れて。
「ちょっと待てランボはどうすんのーー!!?」
「あれはキャトル・ミューティレーションです!UFOが牛などの家畜を誘拐し、全身の血を抜いて捨てていくという……。アホ牛は可哀想ですが今は生きている人間の方が大事です!」
「うわあああランボ死んじゃってんの!?」
綱吉は絶叫した。出来ればいつものように両手で頭を掻き毟りたかったが、今は手を獄寺に拘束されている。未知なる危機を前に縋れるものは恋人の存在しかなく、綱吉も繋いだ手を離すまいと強く握り返した。
「これからどーすんの、獄寺君!?」
「専門家の力を借りましょう!日本には801ジュネイチというUFO研究の碩学がいるそうです!」
日頃貯えた知識を披露する獄寺に、綱吉は素直に尊敬の眼差しを向けた。まさか獄寺のオカルト趣味が役に立つ日が来ようとは……!
「そっ…、その人って何処に住んでるの?」
「そこは十代目の超直感でチョチョイと見付けて頂ければ!」
「ほぼノープランじゃん!!」
見知らぬおっさんを探して日本列島を駆け巡る労苦を考え、綱吉脳内の獄寺株は再び暴落した。が、他に良い案も思い浮かばない。
 
 
 
 
 
Allora. → 先




こんな面白くないブツを当初一万フリーに考えてたんだぜコイツ……。もったいないから再利用。
前後編の分量になっちゃったのも断念した理由の一つですが、なんかもう最初からオチが見えてる(-_-;)