二人はテーブルの下で、ずっと手を握り合っていた。他には誰もいないのだから堂々としていても構わないのだが、人目を忍ぶようなこっそりとした態度は、手を繋ぐ時の決まり事になっているのだ。
獄寺の手は温かい。手の冷たい人は心が温かいなんて言葉は嘘だと思う。
銀色に光る沢山の指輪。荒れた指先。細いけれど硬くて、節の目立つ獄寺の指は、同じ男なのにふにゃふにゃと柔らかいツナの手と全然違う。指の付け根にはダイナマイトを挟むことで出来た胼胝が出来ている。
昔はこれじゃなくてピアノ胼胝があったんスよ。もうすっかり消えちまいましたけど。獄寺が教えてくれたことがある。ガキなりにいっぱい練習してたんです。けど親父もその客も、毒でヘロヘロになった俺の弾く、滅茶苦茶な演奏の方を評価したんですよ。
悲しかっただろう。獄寺は努力家だ。それは今でも変わらない。
エアコンは入っていなくて、代わりに窓を少し開けている。時折微風がツナの頬や獄寺の髪を撫でていくけれど、全く冷たさは感じない。もうすっかり春なのだ。とても嬉しいことに思える。外は晴れていて、春で、獄寺が同じ部屋に居て、手を繋いでいるのは。
お互い、時折力を緩めたり強く握ったり。何かを確かめているのかもしれない。二人とも口を開かずにいる。先程からシャープペンシルを動かす手は止まっていたが、どうしてか、勉強を続ける気にはなれなかった。両利きの獄寺は、右手を取られていても支障ないのだろうが。
グラスの中の溶け始めた氷が、カランと小さな音を立てるのが聞こえた。硝子の表面には水滴が浮かんでいる。ずっと触れ合っていた掌も汗ばんで不快かもしれない…、少し不安になったツナは初めて獄寺の手を振り解こうとした。
獄寺は離さず、却って痛いくらいの力で、ツナの小さな手をしっかりと握り直した。
「いやです」
獄寺は時々すごく我儘だ。ツナは、ランボと同じくらい子供みたいな獄寺の振る舞いを面映ゆく思う度に、この自称右腕のことを好きなのだと実感する。もっと甘えて欲しい。ツナが叶えてあげられることは幾らもないのだけれど、幸せな顔をして欲しい。出来るなら自分の手で幸せにしたい。
「うん」
手を繋ぐことは好きだ。体の力を抜いて、骨張った肩に寄り掛かることも、唇をそっと触れ合わせることも好きだけれど。どこか一部が触れ合う時は、安堵と高揚の入り混じった、ふわふわとした気持ちになる。
そのうち居候の誰かが部屋に入ってくるだろう。コーヒーを飲み終わった家庭教師が、捗っていない宿題に苦言を述べるかもしれない。
次にドアが開くまでは、このままで。
口には出さず、けれどツナは一人で決め付けて、獄寺の手を離さないことにした。