二年ぶりの我が家を満喫して、今夜も沢田家光は晩酌を楽しんでいた。
友と呑む酒はいつでも旨い。年こそ大分離れているが気も合う、何より最も信頼に値する男だ。
微酔い顔の家光と違い、若い友人は顔色ひとつ変えず猪口を傾けている。清酒を湯呑みに注ぐ家光共々底無しに強いので、二人で呑む時はつい限度を忘れる。……緊張と懸念の晴れない現状では酔い潰れる心配は無用だったが。
そのリボーンが黒目がちの瞳をすぅと動かした。射るような視線の先では家光の大事な息子と、息子同然に養育している少年とが何やら押し問答している。
「だからぁ、バジル君はお客さまなんだから……」
「いえ、沢田殿より先に拙者が使わせて頂く訳には」
階段の脇で、どうやら風呂に入る順番で揉めているらしい。
「ツナってばじゃまだもんねー!」
「対不起!」
どたばたと走ってきた子供二人がその足元を擦り抜けてキッチンへ駆け込んでいく。
「……じゃあ、悪いけど先に入っちゃうね」
このままでは埒が開かないことに気付いたのだろう、割り切りの早い綱吉が先に折れて、着替えのパジャマを持って脱衣所に入っていった。
「はい、いってらっしゃいませ!」
嬉々として見送ったバジルは家人の集まるキッチンの方へ移動する。顔を合わせて日も浅いが綱吉とも随分打ち解けているし、すっかりこの家に馴染んだ様子だ。
世界中連れ歩くばかりで、バジルに温かい家庭の雰囲気を味わわせてやったことが一度もなかった。こんな機会でも無いよりはマシだったと思う。
「テメェとは似てねーな」
「ん、ツナか?」
「そっちもだが、バジルのことだ」
先程からリボーンが注意を向けていたのは、家光の弟子に対してだったらしい。
奈々と喋っているバジルを観察する目付きは、冷ややかに温度が低い。団欒に混じっているビアンキやフゥ太もリボーン程でないが、多少は様子見の気配を漂わせている。
「いい子だと思うんだがなぁ。使いにくいか?」
ここ数日の綱吉への特訓に、戦闘方法の似ているバジルを手伝わせている。家光の目に問題は映らなかったが、家庭教師が気掛かりを見出だしたならその時だろうか。
「いや、使いやすい」
唇を歪めたリボーンは不機嫌そうでこそないが、どことなく表情に酷薄さが滲んでいる。
「そこが問題だ。腰が低いのは結構だが、誰にとっても扱いやすいようじゃ頂けねーぞ。特に門外顧問なんて独立性の強い仕事させんならな」
「……クセの強いのも問題だろう、お前お気に入りの獄寺とか」
直言に目くじらを立てるのは大人気ないが、自慢の弟子を貶されればつい家光の言葉にも刺が混じる。
友人の仕事ぶりは信頼しているが、息子の教育環境については家光だって本音では物申したいこともあるのだ。
「ボスにしか頭を下げない矜持は立派だが、あれは部下を使うのも下手だろう。幹部、特に右腕は到底務まらないぞ」
「俺が獄寺をツナの右腕にするつもりだと?」
ハッと、挑発めいた調子でリボーンは喉を鳴らす。両者とも酒を呑む手が何時の間にか止まっていた。隣室の奈々達を気にして声を荒げないだけの分別は残っている。
「あの駄犬を気に入ってるのはツナだぞ。文句があるならテメエの息子に言えよ、パパの選んだ男と仲良くしろってな」
「ッ、言いすぎだぞ、リボー」
「いやーーーーーーーーー!!!!!」
男の喧嘩も家族団欒も一切合財遮って、風呂場の方から絶叫が木霊した。
「ご無事ですか沢田どのっ!?」
何故か誰一人動じていない母親と居候の中、バジルだけが顔色を変えて急行する。
リボーンも他の面々と同じく黙殺しているが……いや、よく見ればうんざりといった渋面だろうか、この表情は。
勢い良くガラス戸を開ける音がして、微かなシャワー音をBGMに風呂場からは聞き覚えのある怒声が聞こえてくる。
「テメェ、十代目のご入浴を覗くとは破廉恥なッ!!」
「窓の外に佇んでる君の方が俺的にはどーかと思うよ獄寺君!?」
「俺は十代目の護衛ですからご安心を☆」
「微塵も安心出来ねーーー!!」
「もしやこれは性犯罪ですか?拙者が成敗致しましょうか」
「んだと野郎、果たすぞ!!!」
「ああもぅ間違ってないけど大丈夫だからバジル君戻っていいから!獄寺君も窓閉めて!そして帰って!!」
「…………お父さんはやっぱり交際には反対だ」
「ツナも大分ボスらしくなってきただろ」
俺の教育のおかげ、嘯いてリボーンは気の早い祝杯を掲げた。今の綱吉は、扱い難い部下の掌握能力でいえばザンザス以上だろう。
同時刻、隣家の屋根の上では。
「父親公認……、あのバジルとかいう少年、是非とも契約する必要があるようですね」
真の犯罪系ストーカー・六道骸と取り巻き二人が絶賛盗聴中だった。
「例え誰が選ばれようとも、その体に憑依して沢田綱吉の婿に納まるのはこの僕です……クフ、クフフフフ」
「正攻法でウサギちゃんにアタックする気は全然ないんれすね〜」
「………犬、黙っといた方がいいよ」
「僕も綱吉君の入浴シーン見たかったですねぇ。今度は盗撮用の機材も用意しなさい、千種」
……骸様の性癖ではアタックしても明らかに駄目だと思うし。
「はい」
本心を隠し(刈られたくないから)、言葉少なに頷いた柿本千種はアンテナの角度を微調整した。勿論盗聴器の。