犯人からの電話がボンゴレ本部に寄越された当初、情報部は一先ずそれを隠匿して慎重に事実関係の確認に当たった。
しかし情報部の動きを嗅ぎつけた獄寺が責任者を締め上げ、大騒ぎしながらボスの執務室に駆け込んでいった為、嫡子の誘拐は程なく組織中の知るところとなる。
犯行声明が出されてから母親の耳に入るまでのブランクは、約40分強。
 
 
 
「馬鹿野郎、学校は何やってたんだ!」
「それが、ボンゴレを名乗る車が迎えに現れたということで……」
深く考えずに児童を預け、送り出してしまったという。
「いつもの迎えと違うくらい気付け!危機管理はどーなってんだ!だから俺は学校通わせるなんて反対だったんスよ十代目!!」
「……………」
ひたすらノンストップで喚き続ける獄寺のボスは、乱入してきた右腕の話を聞いた瞬間その場に昏倒した。今も蒼白な顔でぐったりと、椅子の肘置きに身を凭せ頭を押さえている。
頭痛は獄寺の大声の所為でもあったが、指摘するのも億劫だ。亡夫の後を継いだ綱吉は正式にはボンゴレ十一代目なのだが、すっかり頭に血が上った獄寺はその辺りの経緯を忘れて無意識に馴染んだ呼称を使っている。
「運転手の奴らも!!なんで若が来なかった時点ですぐに連絡入れねーんだ!?万一若の身に何かあったら賽の目に切り刻んでぶっ殺してやる!!!」
「獄寺君、万一なんて不吉なこと言わないでよ……」
「っ!失礼しましたぁ!!」
謝る獄寺も涙目だ。自分以上に取り乱した人間が近くにいると逆に冷静になってくる効果は、昔から獄寺の取り柄でも最たるものである。痛む頭を堪えつつちらりと目配せすれば、心得たように山本が余裕を崩さぬ笑顔で挙手した。
「拐われちまったものは仕方ないとして、これからどーゆー方針でいくんだ?」
非常事態でも冷静に、建設的な話の出来る山本は得難い部下だ。ちなみに、言いたいことをぽんぽん口にする獄寺も、運転手切り刻みたくても軽々しく本音で喋れない立場の綱吉にとって便利な部下である。
「馬鹿正直にあっちは名乗り上げてんだ、俺がダイナマイトでアジトぶっ潰してきますよっ!!!」
「馬鹿正直はお前だろー、…まあ、ボンゴレに手ぇ出した見せしめに派手にやってもいいけどな」
「……その組織の仕業って裏は取れてんの?」
溜息混じりの綱吉の確認には否の答えが返ってくる。本来ならその辺りの調査が完了した後にボスへの報告がされる筈だったのだろうから、段取りの悪さは仕方ない。
最近シマの取り合いで衝突している一家から、その地域から手を引けと要求が来ることは不自然でない。が漁夫の利を狙う第三組織の罠である可能性も捨てきれない。そして犯人に間違いないとしても人質が何処に隠されているか不明なのだ。
「……ツナ、悪いのは向こうさんだぜ」
山本は気遣うように声を和らげるが、暗に要求しているのは息子の命よりボンゴレの面子を優先しろということである。
「そうだね、子供なんて別にどうでもいいじゃない」
最前からつまらなそうに欠伸を繰り返していた雲雀が、物騒な雲行きに一転生き生きと口を挟み始める。
「ざけんなテメエら!!若の命を何だと思ってんだァ!?」
「弱い生き物に興味ないよ」
「別にザンザスの息子を擁立しなくても、ツナだけの名前でボンゴレの看板背負ってけるじゃん?」
「テメーら!果たす!若を助ける手始めにぶっ殺してやるゥゥゥ!!!」
本気で懐に手を突っ込んでダイナマイトを取り出し始める血の気の多いスモーキン・ボムに、慌てて獄寺直属の部下達が取り縋って動きを封じようとする。
「でもなぁ、兵隊集めてアジトに乗り込んでも、その間に別の場所で人質殺されるかもしんねーけど?」
「!!!!??…ぐわぁぁあぁぁぁっ☆※▽qあwせdrftgyふじこlp」
今更の事実を指摘され、一人だけ流れについていけてなかった獄寺がとうとう壊れた。
「獄寺さんっ」
「しっかりして下さい獄寺さん!」
取り押さえる部下達まで別の意味で涙目になりつつある。山本もそれ以上獄寺を追い詰めることなく、己のボスへと熱の籠もった視線をひたすらに注ぐ。
のろのろと顔を上げて綱吉は室内を見渡した。顔、顔、顔。
気付けば何時の間にか自分へと皆の注目が集まっている。沈黙の中、僅かな例外を除けば一様に沈痛な表情で、しかし一つの決断を待っている。唯一顔の見えない獄寺は、低く呻きつつ両腕で頭を抱え込んでいる。
大層空気が重い。このまま発狂しろとでも言いたいのか。



唇をゆっくり湿らせた綱吉の肩を、その時ぽんと軽く叩く手があった。それでやっと、最初から背凭れの後ろに居た兇手の存在を思い出す。綱吉は顔に浮かべる表情を急遽作り直した。
「――要求を呑む訳にはいかない」
背筋を伸ばしゆっくりと告げれば、悲壮と安堵の入り混じった嘆声が次々に上がった。それを確認して、更に一言。
「けど、息子を見捨てることも俺には出来ない」
「ボス!?」
予想外の宣告に、途端部下達の動揺が広がる。不敵さを演出する唇の角度で、綱吉は精々自信たっぷりに見えるよう笑んでみせた。
ボスは何よりも組織を守護するものでなくてはならない。しかし私的な我儘を叶える為、綱吉はこの地位を求めたのだ。そもそもの前提が間違っている。
「だけど、どーする気だ?」
部下達を代表するように山本が問い掛けた。疑問と戸惑いは室内に渦巻いていたが、ボスの余裕に呑まれたことで驚きは鎮静化しつつある。
「……骸?いるんだろ」
わざと山本を無視しての、一見関係ない一声に。
「ええ、ここに」
「うわっっ!?」
すぐさま応える声が上がった。
「クフフフフフ」
「さ、笹川さん!?」
珍しく大人しい様子でソファの一角を占拠していた幹部の笹川了平が、全く似合わない不気味な含み笑いを洩らしている。超直感で最初から憑依を悟っていた綱吉以外の全員が、唖然と笹川……いや六道骸を凝視した。付き合い浅からぬ山本や雲雀、顔を上げた獄寺までもが絶句している。
「何でしょうか、ボス」
優雅な動きで立ち上がった笹川の右眼は、確かに赤く変色している。近くに居た笹川の部下達は怯えたように上司から距離を取った。
「ラピトーレファミリーの誰でもいい。幹部に憑依してあの子の監禁場所を探ってくれ」
「貴方の為でしたら喜んで」
一人平然と命令を下す綱吉へ、六道が芝居気たっぷりに一礼してみせる。姿が如何であれ、既に六道骸以外の何者にも見えない。
「速やかに人質の身柄を確保、爾後に敵アジトを叩く!」
決然とした綱吉の宣言に、他の部下達も六道に倣うよう一斉に頭を垂れた。一人を除いて。
「……リボーン?」
背後から綱吉の頭に手を置き、そのまま一人悠々と扉口まで歩み始めた黒衣のヒットマンを不思議がって綱吉が呼び止める。
「なるべく少数、出来るなら単独で潜入して完璧な成果を上げる。なら俺が適任だろ?」
最前から一言も口を開いていないにも関わらず、頼まれもしない内から救出役を買って出る。解り難いリボーンの好意に、息子の誘拐以来強張り続けていた綱吉の頬は、自然と弛んだ。
「十代目!……せ、せめてアジトの襲撃は俺に任せて下さい!!」
本音では自ら救出に行きたいのだろうが、武器の性質や性格的にも自分が隠密行動に適していないのは獄寺も理解している。悔し気な獄寺に綱吉は頷いた。
「うん頼むね。今回は俺も行こうかなー…」
「!?」
「ボス自らは駄目だろー」
「僕は?」
「何だ何だ出入りか!?極限任せろ!!」
早速六道が任務に向かった所為で憑依の解けた笹川を含む幹部達が自己主張し始めるのを余所に、リボーンは一人部屋を出た。
扉を閉める際ちらと視線を向ければ、顔色は優れないものの幹部らを宥める綱吉には自然な笑顔が戻っている。黒衣の兇手はボルサリーノをやや目深に被り直しつつ視線を外した。
方々に契約済の獲物を確保している六道は、そう時間も掛けず情報部以上の働きをしてくるだろう。自室まで武器の準備に向かいながらリボーンは強く唇を噛み締める。
今度こそ護る。綱吉と同じく、あの日から決意していることだ。
 
 
 
 
 
Allora.

リボツナ……いや息子話というよりも、単なる獄寺ツンデレ話と化した気が(死)。
当人に向かっては「おいガキ」としか言わないのに三人称「若」。