縦に細長い国土を持つイタリアでは、植生の種類や街並の雰囲気も南北では大きく違う。
国内に散在する同盟ファミリーが持ち回りで開催する、年に一度の大会合。全ファミリーのボスが一堂に会するこの場では、同盟の行く末を左右する重要議事の話し合いや内部裁判を行うのが本来の目的である。現在では形式的な親睦パーティーの要素が強いが、それだけに開催地のファミリーは自家の威信をかけて準備に余念がない。今年の担当も然り。
イタリア北部、モデナ市。曾てはエミリア街道の一拠点として栄え、フェラーラを逐われたエステ家が本拠を構えたことでも知られる、歴史ある都市である。
日頃は比較的のんびりとした雰囲気を醸し出しているモデナを、今日に限ってピリピリとした緊張感が包んでいる。特に市街外れのとある大邸宅を中心にして、であった。
 
いっそ城と表しても遜色ない屋敷の敷地内には緑が多い。地所の広さを示すものであるが、高い塀に添うような配置で立派な大樹が植わっているのは、有刺鉄線や高圧電流の流れる仕掛けを目立たなくするカモフラージュを兼ねている。
逆に建物の周囲は侵入者を発見しやすくする為に見通しの良い芝生になっていて、屋敷の主が単なる富豪でなどないことは明らか。
今しも、件の邸宅に到着しつつある自動車の一群がある。
塀から覗く樹々の葉はしっとりと雨露に濡れ、雨上がりの陽光に反射して宝石を散りばめたように輝いている。その脇の市道を、中心の一台を護るように五台ずつが前後を挟んで走っている。全車が黒塗りの供揃えはパレードにしては辛気臭くも物々しい。
広い敷地の周囲をぐるりと巡り、頑丈な鉄格子の門を黒服の男達に見送られつつ先頭車両が潜った後は速度が落ちる。
門を通過した後も暫し、敷地内の泥濘るんだ道を行列はゆっくり走る。道路脇には街路樹の代わりに、ズボンの裾を汚した人相の悪い男達が直立不動で警戒に当たる。
灌木が囲む瀟洒な噴水を中心に設えた館前の車寄せまで辿り着き、道なりに館前を半周した一群は中心の一台が正面、玄関先に来る位置で停車した。
最後尾の一台がエンジンを切ったと同時、全ての車から漆黒のスーツに身を包んだ男達が一糸乱れぬ機敏な動きで降りてくる。と同時、玄関の扉が大きく左右に開き、似たような黒装束の集団がぞろぞろと吐き出された。
出迎え側の中央、玄関ポーチの最上段に立って華やかな笑顔を振り撒いたのはハニーブロンドの髪を鬣の如く輝かせた長身の青年。跳ね馬の異名を持つ、キャバッローネのボスが態々自分の足で出迎えに立つ相手は唯一人である。
玄関を囲むように整列した警護のマフィオーソ達は、息すら潜めてアルファ・ロメオの後部ドアが開けられる瞬間を待ち望んだ。
盟主の到着である。
 
 
 
キャバッローネ側から進み出た構成員の一人が、恭しくドアに手を掛けた。イタリア最大のマフィアのボスを前にした緊張で、それなりに修羅場を潜ってきただろう男の表情が強張っている。
いっそ恐る恐るといった調子で黒塗りのドアを開け放したところで、
「……………」
ボンゴレの男に睨まれ思わず後退った。いや獄寺隼人の方では睨んだつもりはなかったかもしれないが、迫力ある眼力と顎を上げる合図のまま、そそくさとアルファ・ロメオから距離を置く姿は格の違いが如実に表されている。
ひと足早く降車していたボンゴレの右腕は、足元をふと一瞥して小さく首を振った。
「少々お待ちを」
己が退かせた格下と入れ替わるように歩を進める。ドアに手を掛けると車内を覗き込むように身を乗り出し、囁くように主に告げた。
と、纏うスーツの上着をおもむろに脱ぎ捨てる。
ひらりと漆黒のスーツが翻ったと思いきや、未だ乾いた気配もない雨上がりの泥濘へと投下された。漆黒の、良い生地を使ったと思われる上着が、みるみる泥水を吸って色を変えていく。
「どうぞ、十代目」
顔色一つ変えず平然と暴挙を行った獄寺は、車内の主に向かって手を差し出した。
 
手の平の上に重ねられたのは、それより一回り近くも小さな手。遠目からは淑女のように細く、しかし近くで見れば武器を扱うことにも慣れた男の手と知れただろう。
そのまま引き出されるように姿を見せたのは手の持ち主。
ふわりと、柔らかな質感の髪が揺れた。成人男性にしては小柄で細身な体躯は、居並ぶ猛者達に囲まれれば余計か弱い。東洋人という人種の違い以上に、いっそ違う生物にすら見えてくる。
が、自然と周囲は頭を垂れた。
穏やかな瞳は威嚇とは無縁である。でありながら、余りにも自然体なその物腰からは王者の威風が滲み出ていた。ドン・ボンゴレは同盟に属する者全てにとって尊崇すべき王者には違いなく、また尊崇を受けるに値する主であった。
そのドン・ボンゴレは、迷わず獄寺の敷いた即席の絨毯を踏み締める。
一歩、二歩。
三歩めの靴先は、大理石の玄関ポーチへと掛けられた。靴音させぬ軽い歩みの背後、白大理石には一切の汚れもない。
二つ段差の出来た場所から、ドン・ボンゴレは見下ろす形の忠臣を振り返った。
ちょいと手招きすれば、獄寺は意を察したように階段の真下まで進み出る。足元で水気を吸った布地がぐしゃりと湿った音を立てる。
差し出された獄寺の頭を両手で抱え、軽く身を乗り出してその額に唇を落とす。
手を離し、そのまま前方へ向き直った主は、最早部下を一顧だにすることなく階段を上り詰めた。先程から満面の笑顔で待ち構えるキャバッローネの盟友の元までやや早足に歩み寄ると、同じく零れるような笑みを見せて抱擁を交わす。
久方振りの弟弟子を腕の中に抱き込んで、頬を寄せるバッチョを交わすディーノを冷めた目でちらりと見遣って、獄寺は主に続いて階段に足を掛けた。同行したボンゴレファミリーの内、比較的地位の高い四、五人が獄寺の後を固める。あっという間に純白の階段が泥色に染まった。
親密に肩を寄せ合い笑いながら、部下達に見送られボス二人は扉の内に消えていく。
 
 
 
――この一幕は会合の期間中、同盟ファミリー間でのちょっとした語り草として広まった。
目撃者の意見は二つ。ボンゴレの右腕の献身ぶりを讃える声が一つと、……その右腕の改造サスペンダーにアホほど括り付けられたダイナマイトの本数を直視してしまった恐怖の声がもう一つである(主にキャバッローネの皆さん)。
 
 
 
 
 
Allora.




ウォルター・ローリー卿な獄寺君の巻。
エリザベス女王の為にマントを敷いたエピソードは……ええと、既に十年くらい前になるので記憶が曖昧なんですが(笑)中学だか高校だかの英語長文で読んだんですよねえ。
ふと思い出した瞬間、獄寺君の仕業としか思えなくなったという話です。アホだ。