偶には違う道を通って帰ろうかなどと言いつつ堤防脇を歩いていた二人に向けて、自然の猛威か神の嫉妬か一際強い川風が吹き付けてきた。
「うわっ」
「大丈夫ですか十代目!?」
数々の試練を経た後ですら細身でもやしっ子体型の綱吉が、文字通り突風に吹き飛ばされそうになった拍子に足を滑らせる。のを咄嗟に獄寺が腕を掴んで支えた。
週に一度は転びかけるドン臭い綱吉と主大事の右腕候補にとってはまったく普段通りの光景で、以前よりも獄寺がフォローに失敗して事態を悪化させる(例:自転車から庇おうとして川に突き落とすなど)回数が減ったのが、最近の小さな変化と言えなくもない。
「あ、ありがと、獄寺君……」
珍しくどぎまぎと羞みながら綱吉は密着した獄寺を見上げた。この自称右腕は主の前ではへらへらと顔を崩しつつヘマばかりしているのが専らなので、一度恐怖心が薄れれば困った人、精々が可愛い人だなあ程度の感慨しか平生は湧かないのである。
今綱吉が見上げた獄寺は珍しく造りの良さが崩れていない。いつもはきちんとセットされている長めの銀髪が風に煽られ乱され、視界にかかるのが欝陶しいのか僅かに眼を眇め。日本人離れした銀灰色の髪が空に透けるようで、綱吉は正直ちょっと見とれてしまったのだ。
例え口を半開きにした間抜けな表情で固まろうとも、主の言動に疑問を抱かない精神構造が獄寺のデフォルトである。いや寧ろ(無防備な十代目もお可愛らしい……いや渋いっス!)とか内心ぽやーんとしている。なかなかの似たもの主従。
そして獄寺君かっこいいなぁと讃歎していた綱吉は、連想でその獄寺の髪型が幼少時シャマルに憧れて真似したのが由来という話を思い出した。
「……?じゅ、十代目!?」
途端意識せぬまま渋面になった綱吉に、表情観察中だった獄寺は仰天した。
もしや自分が腕を掴んだままなのがご不快だったか!?慌てて不遜な手を離し飛び退くと、居たたまれぬ両手を上げたり下げたりズボンのポケットに突っ込んだりと忙しなくバタバタやりだす。
そんな獄寺の気遣いとは逆に、距離を置かれた綱吉はいよいよ眉の角度を跳ね上げる。
「………あのさ」
「はいィ!何でしょうかっ!!」
「髪、切らないの?なんだか邪魔そうだけど」
我ながら嫌味で回りくどい口調しか取れない自分のダメツナっぷりに綱吉は辟易したが、獄寺の方では違う感慨を抱いたらしい。
「 ! お…お心遣いありがとうございます!恐縮っス!!」
十代目が俺なんかのことを考えてくださってる!怒ってない!?おろおろしていたのが一転、小躍りして喜んでいる。
「ガキの頃から何となくこの髪型なだけで、特に意味はないんスよ。あっ、十代目のお好みでないなら今すぐにでも切って参りますが!!」
「いいっ!切らないでいいよかっこいいよ!?」
動転の余りうっかり本音が漏れている綱吉に
「十代目……!!!」
獄寺は昇天しそうになっているが、綱吉は綱吉で獄寺の言を巡って大混乱の真っ最中だった。
えっウソおれ嘘つかれた!?
シャマルにではない。あの根っからの女好きは綱吉個人に何の好意も悪意も抱いておらず、得にもならない嘘を吐く理由がない。
獄寺君、何で隠すんだろう。俺に話して困るような内容じゃないし。
よっぽど今はシャマルが嫌いで忘れたフリしてるのか、――それとも本当に忘れてるのかもしれない。
何故だかその推測は綱吉の背を冷えさせた。
「十代目?あの……、誉めてくださって嬉しいです」
「ねえ獄寺君」
そうだ俺は獄寺君のこと何にも知らない。それは彼が何も自分のこと喋ってくれないからだけど。
妙ににこにこと獄寺が機嫌良さそうにしていることにも後押しされ(自分の一言が原因とは気付いてない)、綱吉は秘かに念願だった事案を口にしてみることにした。
「今から君ん家行っちゃ駄目かな?」
「えええええ!?」
獄寺的には何の脈絡もなくそんなことを提案され、言われた側は大層驚いた。
「そ、そんなに驚かなくても……」
綱吉的には友人の家に遊びに行くだけのことに何故そこまで驚かれるのかが不思議だ。
「ていうか何で赤くなってんのーー!?」
別に嫌がられてる訳ではなさそうだけど……。
「はっ、ハイすみません変なこと考えてません!」
何考えてたんだ。
ツッコミ入れたい欲求を、綱吉は己の超直感が告げる通りに全力で我慢した。
あんまり知りたくなくなってきたかも……。ちょっぴりゲンナリしつつも諦めず言葉を紡ぐ。
「だってさ、獄寺君はしょっちゅうウチに来るのに俺、獄寺君の住んでるトコ見たことないんだもん。知りたいなーって」
いや家でなくても構わないのだ、それが手っ取り早い気がしただけで。
「っくしゅん」
「……あああああ!十代目お風邪ですか!?そんな、俺が引き止めてたばっかりにィィ!!」
絶望の表情で大概乱れてる髪を更にぐしゃぐしゃ掻き回す獄寺に思いっきりドン引く。この人ホントにテンション高いよな……。
「いやあの、大丈夫だから……」
「分かりました、十代目をお招きするに相応しくないむさ苦しい場所ですが、是非何か温かいものを用意させて下さい!!」
……結果オーライ?
普段なら獄寺に下手に出られるとつい遠慮してしまう綱吉だが、自分から言い出した話、ここは素直に気遣いを受け取ることにする。くしゃみ一つで恐喝したような気分になるのは何でだ。
「うん、ありがと」
最愛の十代目に微笑まれ俄然テンションの上がってきた(元から高い)獄寺はこうなれば一刻も早くと、主の肩を抱き込むようにして歩くのを促した。
スキンシップの多い山本とは違いひどく照れ屋な面のある獄寺の、恐らく無意識の所作に。
一度離れてしまった体温が再び近くに戻ってきたことに、綱吉はひっそりと顔を綻ばせた。
ずっと友達の出来なかったダメツナにとって、獄寺は初めて家族以外で親しくなった人なのだ。
方法は何でも良い。ただ少しでも近付けるのなら。
Allora. → 先