「あと、入れ替わるタイミングのことだけど」
不確定要素が多過ぎて正確な時刻までは定められないが、バズーカを使う過去の入江正一への伝達さえ上手くいけば、ある程度は恣意的に操作出来ると今聞いたばかりだ。
「俺を送るのと同じ日に獄寺隼人を入れ替えて欲しい。出来れば間髪入れず、すぐ後に」
「……それには何の意味が?過去のあなたに未来の情報を伝える役目は、守護者の中でも右腕の彼が一番適任なんじゃないですか」
心底腑に落ちないといった面持ちで入江は眉を顰める。不満があるというよりも説明を求めている。世界というあまりにも重いモノを天秤に掛ける計画、出来うる限りの万全を期したいのだろう。
「彼はそんな役割には不向きなんだ。うん、説明は……山本辺りに任せようかな」
言い淀んだ彼は迷いを湛える眼差しを僕に向け、見つめ返す僕が当然そんな面倒臭い真似を引き受ける筈がないと悟って苦笑を洩らす。
「彼は、獄寺君は……俺が死んだと思い続けながら生きることに耐えられない」
甘い砂糖を口中でゆっくりと溶かすような口調だった。説明というよりも独白。当然入江はますます疑問を深めている。
「一刻も早く連れ出してあげないと。三日くらいが限度かもしれない。俺のいない世界で獄寺君は正気を保てない」
それはとても可哀想だから、と告げる彼の眼差しは遠い。自分の去った後の世界を、その特別な力を持つ瞳で透かし見るかのように。
「……よく解りませんが善処します。雲雀氏を最終段階近くまで残しさえすれば、入れ替わりの順番がどうであろうと計画に支障ありませんから」
入江は理解することを早々に放棄して頷いた。思考の切り替えが早い。あの装置を開発し、白蘭の駒に組み込まれるだけの能力が確かにあるのだろう。
例え入れ替わりを待たずしてあれが命を絶ったとしても、死体のあった場所に十四歳の獄寺隼人が出現するだけで計画に狂いは出ない。彼の言うことは理屈のない私情だ、部外者の入江には説明されたとしても理解出来まい。僕とて慮りたくもない。如何にも仲間としての共感を求められているようで不愉快だ。一体何が可哀想だというのか。
そんなにも心弱い男を遺し、しかし彼は何も口外せず逝くつもりだった。
馬鹿らしい。僕一人だけが秘密の共有者に選ばれたなどと喜んでなるものか。まして、真綿の中で慈しまれる右腕の男を羨んでなどやるものか。
彼はファミリーにも隠して自らの死を計画に組み込む為、組織の外に在る僕を話に巻き込んだ。僕はか弱い生き物のように彼に庇われる立場など真っ平だから、仕方なく話に乗ってやるのだ。
「ありがとう。……あなた達だけが頼りなんだ」
俺が退場した後は任せたよ、過去の俺を導いてやってね…と、己の死を何でもないことのように告げる彼は、希望を信じる瞳を細め、静かに微笑んでいる。まあどうせあの装置に取り込まれれば死ぬも同然の状態にされるのだ。入れ替わる前に死のうが後に死のうが、入ってしまえば大した違いもない。
……僕の番が来たとして。確実に回ってくるその場面で、僕は彼のように、穏やかに後事を託せる心境となれるだろうか。