「……何やってんの、骸」
「おや、バレていましたか」
青年は気弱げな表情をがらりと変えた。
「伝統と格式のボンゴレで、新入りがボスにお目見え出来るようになるまで、どれだけ苦労したことか」
なのに君はすぐに見破ってしまうし、つまらない。勝手な言い分で詰ってくる男……六道骸を、綱吉は執務机に頬杖を付いたまま睨み付けた。
「その人誰だよ。ボンゴレにはクロームがいるだろ。わざわざ二人も契約者を送り込まなくてもいいんじゃないの」
「クロームは忠実ですが女ですからね。この身体なら、力を使って実体化せずとも君を抱くことが出来る」
好色な笑みを浮かべ頬に触れてくる男の手を、強く払い除ける。
「やめろよ。お前自身の体でもない癖に」
「クフフ……肉体など、魂を覆う殻にしか過ぎませんよ」
「お前の在り方を見てると幽霊みたいに思えてくるよ」
「さしずめ迷える悪霊ですね。怖いですか、お化けの苦手な沢田綱吉くん?」
完全に馬鹿にする調子である。
「……憑依中に契約者殺しても死なないんだっけ。水牢の本体殺したら死ぬ?」
「おやおや、出来もしないことを」
クフフと含み笑う。声のトーンは多少違うが、抑揚も何もかも骸本人にしか聞こえない。別人の口から流れる骸の言葉は、確かに人に取り憑いた悪霊を思わせる。悪霊は笑顔のまま、再びボスに触れようとした。今度は頬でなく頭に手を遣り、癖の強い髪を掻き上げるように撫でている。
「僕はこの通り、好き勝手に楽しく暮らしていますから。僕を釈放出来ないことを君が気に病む必要はないんですよ」
「……そんなこと言うなよ」
綱吉は振り払えなかった。骸の口調は気味が悪い程に優しかった。
復讐者との交渉は難航を極めているし、組織内部にも骸を完全にファミリーとして扱うことに難色を示す声は多い。綱吉自身、出獄した骸が心を入れ替える可能性は限りなく低いと思っている。
「必ず助けるから。信じててよ」
それでも見捨てられないのだ。性質の悪い悪霊に取り憑かれているのは綱吉の方かもしれない。
髪を撫でていた手はそのまま頬から顎まで、顔のラインを確かめるように滑り落ちた。指先で顎を持ち上げるようにされ綱吉は身構えたが、接吻の一つも寄越されることなく、すぐに男の手は離れていく。
「そこまで言うのでしたら、僕が元の体で君に逢いに来た暁には、さぞたっぷりサービスしてくれるんでしょうね?」
「はぁ!?サービスって何それ!?」
「クフフフ……さて」
その時までに考えておいて下さいね。
最後だけは新入りの部下らしく、失礼しますなどと挨拶して退出する。だがあの顔を見ることは二度とないのだろう。正体が露見しているスパイに存在価値はない。
抗争中に生死不明になるとか謎の失踪を遂げるとか。数ヶ月後には敵対ファミリーに加わっているのが確認されて、すわ裏切り者と騒ぎになるかもしれない。
未来のことを考えると憂鬱になる。ホント、あいつは面倒ばっかり。
 
 
 
 
 
Allora.