その時の雲雀はニューヨークでの取引の仕事を任されていた。が、定時連絡でそれを聞いて早々、少々荒っぽい手腕で話を纏めると(割といつも)一番早い便でイタリアへと帰国した。
忠義一途の獄寺と違いマイペースの権化たる雲雀がどういった心境の変化かと、ファミリー内では訝しがりつつも常ならぬ状況に不安を感じていたという話である。
 
 
 
リボーンがボンゴレを抜けた。
初め雲雀はそれを信じなかったし、ボス当人が受話器を通じて事実を請け負ったことでやっと半信半疑くらいになった。
「まぁね、今までも勝手に音信不通になるのはしょっちゅうだったけど」
こうして雲雀の報告書を受け取る綱吉を前にしてですら、何かの悪い冗談ではないかという疑いは拭えない。
「何で君はショック受けてないの」
「ヒバリさんの方が気落ちしてるみたいですね。まあ元々リボーン目当てでウチに入ってくれたようなものだから仕方ないか、こんなことになって済みません」
へらりと笑う顔が苛立たしくて、久しぶりに本気で殴り付けてやろうかと思う。
「そんなんじゃないよ」
まだ雲雀が学ランを着ていて並盛町を仕切っていた頃から、沢田綱吉という後輩は最も不可解で理解し難い存在であった。そしてこの自分が他人なんかを理解しようと努めたこと自体が空前絶後であることに気付いて不快な気分になるのが専らだった。今の気分はその時のものに似ている。
とはいっても長年の付き合いで自然、ある程度の表情はお互い読めるようになっている。眼前の綱吉はファミリーの手前感情を封じているという風でもなく、本心から殺し屋の裏切りを重要視していないようだった。だからこそ不可解である。
 
「追い掛けないの。掟では『死』なんでしょ」
「ヒバリさんは追い掛けたいんですか?」
「話を逸らすんじゃないよ」
さっきからこの僕を揶揄うような言動、全く以て冗談じゃない。
雲雀の表情が憮然を通り越し、殺気すら帯びてくるのを見てやや表情を改めた綱吉は、適切な単語を探して暫し言い淀んだ。
「……あいつね、俺にこの世界のこと叩き込んだだけあってマフィアの掟とか仁義には無茶苦茶厳しい奴なんです。そんなあいつが初めてルール破りしてまで通したい我儘なら聞いてやりたいなって」
「時間が経つ程に無かったことには出来なくなるよ。無理矢理連れ戻してやるのも愛情なんじゃないの」
「ヒバリさんは優しいですね」
「ふん、追っ手に任命されて赤ん坊と本気の一戦交えてみたいだけだよ」
雲雀の強がりを見透かしているのか、昔ならあわあわと慌てふためいただろう綱吉は小さく吹き出しただけだった。何とも怖いもの知らずだ。ボスへの敬意も存在していないのに、後輩の不遜を許容している自分も不可解だ。
 
 
雲雀が納得出来ないのは裏切られたように感じているからだ。
別にファミリーなどは如何でも良い。今でも群れるのは嫌いだ。それでも我慢して群れる連中に付き合ってマフィアなんてやっているのは綱吉を護りたいからだ。あの家庭教師もそれは同じだと思っていた。
雲雀はあの少年暗殺者を自分に近しいものと考えていた。孤高で誇り高い、そして束縛を嫌う。
そのリボーンが十年以上も寝食を共にした己のボスと堅固な絆を築いているように見えたから、ある意味安心して雲雀も右に倣っていたのだ。
リボーンが易々と放擲し、綱吉も甘んじて手放せるような脆い関係でしかなかったとしたら。
付き合いの深くない雲雀など、もし帰って来なくとも全く気にも留められないのではあるまいか。
 
 
「そんなに心配しなくてもそのうち帰って来ますよ」
黙り込んだ雲雀をフォローするつもりか、慰めるような調子で綱吉が明るい声を出す。
「また随分といい加減だね。そのうちって何時だい?」
「じゃあお腹が空いたら帰って来ますとか?」
「ふん、何なのさ。まるで子供みたいな……」
そこまで言って雲雀も気付いた。表情が豊かでない雲雀だが、目を大きく見開いたので気付いたことに気付かれたのだろう。綱吉は我が意を得たりと言わんばかりの笑顔を溢した。
生意気だ。お仕置きが必要だ。思えども口には上らない。
「はい、リボーンの歳なんてまだまだコドモの範疇ですよ。反抗期には遅くない!」
にこにこと、確かに綱吉は一片の不安も抱いていないようだった。それもその筈、我らがボスは愛する子供自身とその帰還を全く疑っていないのだから。
「父親気取りかい?阿呆らしい」
杞憂の晴れた雲雀が照れ隠しに仕込みトンファーを取り出せば、流石に笑顔を引っ込めて綱吉は降参と手を挙げる。
「だってあいつに『帰る』なんて言葉使えるの俺達だけでしょう?」
 
 
「それに聖書でも言ってるじゃないですか、帰ってきた放蕩息子を父は必ず迎え入れるって!」
 
 
 
 
 
 
 
 
※オマケの癖に長い余談
 
放蕩息子は意外と早々に帰還した。
視察先で偶然家出中のヒットマンに遭遇し、自分からは探さないと言明していたボスも内心では気にするところがあったのだろう、反抗期の少年(十代)とその場で壮絶な殴り合いをやらかし、相手が弱ったところを無事お縄にした次第であった。
「だからってね、流石に何のお咎めもなしに許すんじゃ周りへの示しがつかないんだよね」
「そこから何で執務室の天井から逆さ吊りにする発想に至るのか理解出来ないんだけど」
わざわざ強力なフックを取り付けてまでする意味のある行動だろうか。
疑問を抱きつつも少年を簀巻きにして、天井に引っ掛けたロープを引っ張り上げる手伝いをしている雲雀が一番の謎だ。人間歳月の力があったってそこまで丸くならないよ設定に無理があるよ!(天の声)
「……どーせコイツの場合漫画かゲームの影響だろ」
「あっ、何だよその偏見!古い人間だなリボーン!」
縛られて吊されている当人は抵抗もせず大人しい態度を保っている。子供っぽく頬を膨らませるボスより余程こっちの方が年上らしいが、逆さになったこの状況で必死でボルサリーノを手で押さえる姿は矢張りどこか常識からズレている。
「クフフフフ、いいじゃありませんか。部屋に入った瞬間人間振り子が揺れていたら途轍もなく驚かれますよ!見せしめには最適ではないですか!」
「まあそうだろうが……って」
「何でコイツがいるの」
リボーンの後を引き取った雲雀の台詞は既に誰何というより詰問調である。
「クフフ、ボンゴレがお困りのようでしたので少々お手伝いを」
敵地のしかも最奥部をうろうろしていた事情を何一つ明かにせず、六道骸は相変わらず特徴的な笑い方で雲雀のイライラ感を無闇に煽る。
「………噛み殺す」
「クフフフ望むところです」
「えっ、ちょっと待ってよ二人とも…っ!」
一人緊迫感に掛けた綱吉が慌てて止めに入るが間に合わず。
臨戦態勢の二人は手を離した。ロープから。
 
ごち。
 
「!!!!!………〜〜っ」
「あーあ、だから俺一人じゃリボーンの体重持ち上げられないって言ってたのに……」
頭から床に落下し、言葉なくのた打つ芋虫と化したヒットマンは、充分以上に罰を受けていたと思われる。
 
 
 
 
 
Allora.