「……まあ色々ありましたが、ここからはかなりお役に立てると思いますよ」
上役に付き合わされたと一目で判る、対照的な気のない素振りで男は顎をしゃくった。先の上流を辿れば狭隘な山間を過ぎ、果ては益州の地に繋がっている筈である。
粗暴さからは程遠い丁寧な口調だが、この男の口から出ればどこか板に付かない、無頼染みた響きを纏う。言い方が悪いというよりは滲み出る人格によるものであろうと周瑜は思っている。
「今後は指揮官自らの無茶も程々にしてもらいたいものですがね」
「懐かしいなぁ、私も違う人に昔、同じことを言いましたよ。似たような馬鹿をした奴がいましてね」
眼下に大河の流れを一望出来る高台は、江陵の城市からさほど離れてはいない。日暮れまでには充分帰還出来る。それ以上遅くなれば心配の過ぎた呂蒙の目が涙で融けると、甘寧は憂慮している。
腰を下ろした周瑜は何気ない仕草で手を左肩に掛け、一見してそうと知れぬよう負傷箇所を庇っている。
文人めいた佇まいに似合わぬ上官の強情さを身に沁みて知る部下は、諫言する柄でもないと痩せ我慢を見ぬ振りしていた。そこまで立ち入るべき間柄でもなし。
「孫策という人物を貴殿ならどう評価しますか」
唐突な問い掛けにも、甘寧は一切動揺しなかった。
「傑物、でしょうな。直接お目にかかったことはありませんが」
簡潔な返答に周瑜は静かに頷く。
「実際のあれときたら短気で我儘で、度量が広いかと思えば子供のようなことで癇癪を起こして、もう無茶苦茶でした」
ふっと、小さく息を吐いて。
「なのに、絶対視している。不思議なものですよ」
戦袍に結ばれた飾り纓が風に靡き、目に見えぬ空気の行方を追うように二人は視線を川上に向けた。
「貴殿のことが好きですよ」
「知っております」
両者とも上流を眺めたまま、眼差しは動かさず。
ぽつりと落とした独言めいた呟きに対し、自信満々といった声音で甘寧は答えを返した。
周瑜は小さく吹き出し、やがて肩を震わせた。