「元譲どの、ちょっと」
「ん?何だ」
真剣な顔をして何かと思えば、郭嘉はずびしいっ!と勢い良く夏侯惇を指差した。
「絶対に負けませんからねっ!!」
「な、何だっ!?」
心当たりのないまま、その剣幕に怯んだ。戦場なら敵を前に一歩も引かない自分だが、理由の知れない糾弾の眼差しには頗る弱い。
「俺だってその気になれば、何時でも元譲どのばりの渋い男になれるんですから!」
「あははははは、そりゃ無理だろ!!」
「おい、孟徳……」
夏侯惇の影からひょこりと顔を出して、容赦なく曹操が嘲嗤った。主の存在に気付いていなかったらしき郭嘉は一瞬驚きに目を見開いたが、見る見る間にその目から涙が溢れ出す。
「う…うわ〜ん!!!主公なんか大っ嫌いだ〜〜」
だだだだだっ。子供のような捨て台詞を残して、郭嘉は駆け去った。
「何だったんだ?」
「さあ……」
平然と曹操が見上げてくる。泣かせた反省はないらしい。
自分の方が子供を虐めてしまったような罪悪感を抱きつつ、煙に巻かれた気分で夏侯惇は首を捻った。
――後日。
夏侯惇の元には荀から高価そうな菓子折りが贈られたが、蓋を開ける前に曹洪によって転売された為、味は不明のままとなったと聞く。