持て余しがちな長い脚を折り畳むように正座し、手にした円鏡を覗き込む。磨き込まれた表面に映し出されたのはつまらない男の顔でしかなかった。
なだらかな曲線を描く黄金色に浮かぶ輪郭はそれでも朦朧と曖昧で、実物より幾分かは柔和な表情に見える。
水に映る一瞬の影にも似た虚像は、決して真実を伝えていないと知っている。
「伯寧、入るぞ?」
「……!」
気付けば夢中で円鏡に見入っていた。
無遠慮な呼びかけで我に返った満寵は、女々しい素振りを見られた羞恥を誤魔化そうと、銅と錫の合金の塊をそのまま徐晃に投げ付けた。回転しながら鋭い軌跡を描いた凶器は情け無しに、状況の掴めない徐晃の腹を直撃する。
「ぐっ」
潰された蛙の如き妙な呻きを一声発して、徐晃はその場に崩れ落ちた。
「これくらい受け止められないで、よく武将なんてやってられるね。油断し過ぎ?」
必要以上に高圧的に言い捨てる。目線を高くしようと満寵は慌てて立ち上がったが、元より鏡を抱え込むように苦悶の徐晃は蹲っていたので、結果として彼我の高さは逆転している。
「いたた……伯寧相手に緊張しても仕方ないだろう」
天下に名立たる驍将が、よく見れば目尻に光るものがある。仕上げに踏み躙ってやろうと足を踏み出しかけていた満寵は、珍しく生まれた仏心に躊躇してしまった。
「……鈍くさー」
仕方無し、侮蔑を込めて吐き捨てるに留めておく。
代わりにこんな時は、片手で卵の殻を握り潰す想像をするのが専らだった。
同郷人と結託したり、取り巻きを周囲に侍らす趣味は満寵にはない。軍にあって孤高に屹立するが故に、陳宮の変で州豪族の多くが滅び、或いは内紛で痛手を被る中にあっても、大過なく在ることが出来たと識っている。
馴れ合わない満寵の唯一の例外が、自ら無理矢理に陣幕の内へと連れ込んだ男。
満寵の恥部で誇りで弱味で慰めでもある生命の息遣いを感じる度に、己の柔らかい部分ごとその心肺を握り潰したくなる衝動が湧き上がる。
「それで?つまらない用事だったら殴り殺すけど」
軽口に本音を紛れ込ませれば、流石に怯えた徐晃は眉尻を下げて狼狽えた。
「い、一緒に茶を飲みたくて……」
ぼそぼそと呟くに至っては、傍若無人も過ぎて堪らなくなる。
「っか、どんな趣味。だっさー」
顎をしゃくって誘えば、蹲った場所から離れずにいた律儀な馬鹿は途端に喜色を浮かべて頷いた。
「健康に良いんだぞ、薬ほど苦くないし」
急に声の大きくなった徐晃は、手の平を返す無造作さで床を踏み締める。
節の立った武人の手には、しっかりと抱き締めるように円鏡が抱え込まれていた。とっくに叩き壊したつもりの満寵は、それに気付いて苦笑する。考えてみれば自分の非力で壊せる筈もない。
「じゃあその効能を述べよ」
「えっ!?あ、えー、……あれ?」
案の定、知らずに愛飲していたらしいが、それも徐晃らしい。
「ボケ封じ。全然効いてないみたいだけど」
本来は思考力の増進や不眠といった話なのだが、それは言わずにおいた。ましてや『酒を醒ます』効能を聞いて、酒の強くない徐晃に最初に茶を無理矢理呑ませたのが満寵だということを忘れているなら、その方が都合良い。
茶を煮る為の瓷器を用意しながら、それを壊すのは躊躇ってしまった。
……らしくなさも、自業自得と言うべきか。