「学而時習之、不亦説乎?」
ふと意味もなく、口を衝いて出た。
学問は経典を諳んじることから始まる。何度も復唱する内に、理解とは異なる次元で章句は己の血肉となるのである。
……昔ならいざ知らず、武人に論語は必要ないであろうに。
父を早くに亡くした李典が学問を志したい旨を告げれば、諸手を挙げて叔父の李乾は応援してくれた。家督を継ぐ己の実子が居る状態で下手に家の事にしゃしゃり出られるよりは、中央で官途に就き家門の名を上げてくれる方が、先方にとっても願ったり適ったりであったのだろう。そう理解する程には、当時からひねた子供であった。
その叔父も、従兄の李整も既に亡く、自分が一族の代表として部曲を率いる羽目に陥っているのはどういった運命の悪戯か。
溜息を吐いても、現実が霧散する訳ではない。
「朋有り遠方より来る……っと、うわ!」
せめて昂然と顎を反らすも、感傷に浸る思考は注意力を失っていたらしい。後方からの思いも寄らぬ衝撃に、前のめりになったまま数歩、たたらを踏む。
「マンセー、お腹すいたぁ」
首に手を回して背中にぶら下がっているのは遠方ならぬ、日々顔を合わせる同僚。
「俺はお前のおやつ係かよ」
文句を言いつつも心得たもので、懐から革袋を取り出した李典は、それを傾けて二、三個の干し棗を楽進の掌に転がした。
「わーい、ありがとー」
満面の笑顔で受け取った楽進は、一刻も惜しむように果実を口に放り込んだ。なりも小さければ言動も稚い。これで妻子もある年上の男というのだから恐れ入る話である。
「そんなにしょっちゅう腹が減るなら、自分で菓子でも携帯しとけよ。これやるから」
ふと思い付いて、棗の入った袋を差し出した。
互いに暇ではないのだ。特に性急な質の楽進では、一々菓子を強請りに行く間も惜しかろうもの。
しかし。
「やだよ」
案に相違して、即答。
「そしたら曼成に会いに来れないもん」
あくまでも罪のない笑顔で、楽進は断言した。
やられた。
「……人不知而不慍、不亦君子乎?」
慌ただしく駈けていく背中を見送りがてら、先程の続きを口に乗せてみた。奇妙に味気ない心地に、別種の苦笑が漏れる。
今更君子を気取ろうとも、もう遅い。
千万言の金科玉条より、一片の甘言が身に沁みる昨今となっては――。