鮮やかだなと、目が離せず、ただ見ているだけだった

それでも、

此の男の力になっているのだというこの感動を

誰に譲れるものかと

らしくもなく想っているのは、

おそらく自分だけではないのだろう。

 

 

影が長い。
あんまり長かったので、曹操は思わずその影の頭にあたる部分を踏んでみた。
その土を踏む耳障りな音に、荀イクがはっと振り向いたため、結局曹操の足下には影は残らなかった。
「?何をなさっておいでなのです?」
「ふむ、動くなよ文若。せっかく捕まえたと想ったのに」
 憮然とした面持ちの曹操の顔を覗き込んだ荀イクは、何がなんだかわからないというように首をかしげる。同じように動く影が目に入りはしたが、まさか、曹操がそんなものを捕まえようとしていたことなど分かろうはずも無い。
「朝から妙なことを為さる。で、本当に何を」
「別に。なに、捕まえ損なっただけだ。手を伸ばせばいつでもお前はそこにいるからそれでいい」
「はあ」
 やはり何のことだかわからず、荀イクは先程とは反対向きに首をかしげた。
 「我が張子房」と言われても、まさかこんなことまで分かるはずもなく、荀イクは必要のない時間外頭脳労働をあっさりやめた。何のことだかは分からなかったが、曹操が自分を必要としていることは分かるからだ。
「どうせ、碌なこと為さってなかったんでしょう」
 微かに笑いながら答えてみると、曹操は「こいつ」といいながらも同じように笑っている。確かに碌なことではない。曹操は笑いながらもやはり目で影法師を追いながら、自分の影と荀イクの影が重なる瞬間がひどく心地よいと想っていたりして、結局碌なことを考えていないのはいつものことのようだった。
「・・・長い影法師」
 突然当てられると、何故か悪いことをしていた気分になって、曹操はどきりとあとじ去った。その瞬間影と影が離れるのが何故だか名残惜しい。
「うん、そうだな。長い。俺も此のくらいの背丈が実際欲しいモノだが・・・」
思わず口を滑らせてからしまったと思いはしたものの、時すでに遅く、荀イクは日頃からは考えられない程笑い出し、曹操のほうでは顔が引きつるばかりである。
「ふは、ははは、ああ、お腹が痛い。こんな朝早くから笑わせないでくださいよ!もう、ここに郭嘉がいれば、こんなではすみませんよ!くくく、あ、やめて下さい。御自分の失言でしょう、ふふふ」
「また郭嘉か・・・」
曹操が小突いても笑いは一向に止む気配は無く、曹操は再び影法師を捕まえ損ねたときの憮然とした表情に戻ってしまったが、荀イクは対して気にした様子はない。遠慮なく笑うばかりだ。
「まったく、いつまで笑っているつもりだ!しまいに腹がよじれるぞ。今でも十分よじれているのに、それいじょうよじれたら大変だろう」
「ふふふ、曹操様がよじったんでしょう!だったら直してくださいよ、あはははは」
 思い出し笑いのように、納まりかけた発作がまたぞろぶり返す。しばらく返す言葉もなくそんな荀イクを見ていた曹操は、ようやく好い策が思い浮かんだと言わんばかりに後ろから荀イクを抱きすくめた。すると直接両腕に荀イクの腹筋の震えが伝わってくる。
「で、どこがよじれているんだ?お望み通り、俺が治してやろう」
意図的に耳もとで囁くと、くすぐったそうに身をよじった荀イクが、呆れたように吹き出した。本当によじれそうなほど彼の腹筋が震える。
「く、くっく、そ、曹操様、そんな気障な台詞で、よく女性が相手してくれますね。それなら郭嘉のほうがまだマシですよ!」」
「なんだと?!」
 言ってしまってから「もっとましな言葉はなかったのか」と思いはした曹操だが、まさかこれほど笑われるとは思わず、耳まで真っ赤になってさらに強く荀イクをだきしめた。
「郭嘉とばかりくらべるなばか者」
直接腕に伝わる振動がいっこうに納まらないことに痺れをきらした曹操は、これでもかと言わんばかりに荀イクを振り向かせ、両頬を包むとそっと口付けを交す。
「ん・・・」
軽い口付けをもったいぶって離してみると、流石に先までの馬鹿笑いは止んだ物の、荀イクの目もとにはまだまだ大笑いの余韻が滲みでており、曹操はそれに誘われる様に笑ってしまった。
「ほら、貴方だって笑ってる」
 秘密事のようにひっそりと言った荀イクは、まるで先程のお返しのように、曹操の唇を捕らえた。待っていましたと言いたげに荀イクの身体を捕える腕が熱い。先程までの腹筋の振動は嘘のように静まり、凪のような時間が二人を包む。どのくらい時間がたったのか・・・そう思うような気分のなか、実際たいして時間は立っていないのだが、ようやく二人は名残惜しそうに唇を離す。
しかし、それもつかの間、再びどちらとも無く顔を近付けると、再び唇が重なる。しかし、先までとは違い生暖かい舌が音を立てはじめる。ようやく影の短くなりはじめた静かな朝に、随分と似つかわしく無い音だ。
その音が耳に流れ込み脳を揺さぶれば揺さぶるほど、荀イクは頬を染めて、鼓動が急速に早くなる。しかし、密着した状態の今、確かに曹操の鼓動も心無しか早いことが直接伝わってくる。
ようやく唾液を蜘蛛の糸のようにひきながら顔を離した曹操は、にっと笑って荀イクの顔を覗き込む。赤い顔をして拗ねた様にそっぽを向く荀イクは、日頃慕われているもの静かで上品な男にしては少し幼く、そしてどこかかわいらしかった。
「・・・室に戻りますか?」
曹操の目が驚きでまんまるに見開かれるのは見物だった。荀イクの言葉は意図的で、また予想外で・・・
 
「こんな朝から・・・貴方って人は・・・」
「はは、お前も人のことは言えんだろう・・・」
「意地の悪い方だ・・・」
そういながら、お互い昨夜の痕ののこる身体をまさぐりあい、まるで餓えた子供のようにしがみつく。室に入れば長い影も気にならないが、それでも時間が刻々と過ぎて行くのを感じると気が急くものだ。まさかこんなことをして二人一緒に朝議に遅れるわけにも行かない。もしそんなことになったら、陳羣などは卒倒してしまうかもしれないし、郭嘉は先までの荀イクなどとはくらべられないほど大笑いしそうだ。
・・・いや、あんまり荀イクに無茶するなと、郭嘉に怒られてしまうかな・・・
ぼんやりと考える曹操をふと見た荀イクは、心中少しむっとした。
「何を考えてらっしゃる?」
「何、遅刻したときの言い訳を考えているだけだ」
「あぁ!」
言い終わるや白い脚の間に顔を埋められ、荀イクはか細い声をあげる。
普段なら曹操の腕をつねってでもさっさと帰ってしまうところ、ましてや荀イクから誘うなど、まるで天変地異よりも理解しがたかったが、戦にかまけて会えない日々が多かったことに思い当たると、荀イクが自分を求めてくるのはことのほか嬉しい。
夏は日が長いのだ。
「荀イク、今日の朝議、俺とお前が遅刻するか、郭嘉が遅刻するかどちらだとおもう」
くすくすと笑いながら問いかけてくる曹操にきっと眦を上げた荀イクは、目尻の微かな紅とあいまって怖いくらい艶があった。
「なんだ、怒ったのか?」
「いいえ!別に」
らしくもなくそう言うと、両腕で曹操の顔を包んで言葉を遮るように深く口付けを交す。
「ん・・・」
その間も間断なく荀イクの弱いところをやんわりと撫でる手が、次第に一ケ所に絞られて行く。口付けを交してしまったおかげで声を立てることもままならずに身体を駆け抜ける快感が行き場を無くして何度も荀イクを苛んだが、曹操は一向に唇を離す気配を見せない。
「んん・・・ふぅん・・・」
いつのまにか曹操の下になって貪るように舌をからめながら、曹操は昨夜と同じように荀イクを追い詰める。
「文若」
ようやく唇が解放され、少し疲れた顎からだらしなく赤い舌が覗く。
ただただ自分だけをみつめてくれる曹操の目をうっとりと見上げると、ようやく甘い声が口をついてでて来た。流石に恥ずかしくなって顔を背けたが、それを攻める様に激しくなる愛撫に思わず背をそらす。
「あぅん・・・も・・・とく様、そこは!、もう、朝議がある・・・んですから、あんまり・・・無茶は、あぅ」
「わかってる」
低めの声が脳を揺さぶり、身体を逆流するような快感が次第に激しくなる。必死で曹操の耳たぶや首筋に指を絡めながらも、仕舞いには溺れて息もできなくなるような不安と羞恥心に目眩がしてくる。
「文若」
「はい・・・ああぁうん」
昨夜の行為のおかげか、案外すんなりと入った曹操の指が優しく荀イクの中を蠢いて、たまらず一層大きな声が咽を通過する。
最早自分で自分をコントロールするのも難しい気がして、荀イクはゆっくり腰を動かしては、それに気付いてやめてしまう・・・そのくり返しだった。
見上げると、無造作に垂れ下がった絹を、明るさに欠けて来た何かが照らしている。
はっとして荀イクは曹操を見上げた。
「曹操様、早く・・・」
「なんだ、情緒の無い」
くつくつと笑いながら、指を一本増やしてくる。
「ひぅ−−!!あ、やぁ・・・」
頭の中で美しい水泡が弾ける音がする。おそらく今日も暑いだろうが、襟を緩めてこの行為の痕が人の目に止まったりはしないだろうか。鳥がさえずっているのが聞こえる。素晴らしい演奏者だとは思うが、その鳥が今の二人を見てはいないだろうか。
様々なことに思いをはせながら、ただ曹操だけをみつめていた。そして、曹操もまた荀イクを熱っぽい目で見下ろし、二人が交わる前から二人の目は濃厚に交じりあい、曹操の影が荀イクを多い、荀イクの影は曹操自身に絡み付いていた。

「はあ、で、何を御相談なさっておられたのですか?」
一点の疑いもかけていない様子の陳羣が、首をかしげて曹操を真っ向から見据えていた。
逆に郭嘉はといえば、こんな日にかぎって真面目に出席しており、しかも何もかもお見通しと言わんばかりに噛み殺した笑顔で輪郭が歪んでいる。
他の列席者といえば、まあ殆どのものが陳羣と似たような様子で、曹操が少々遅刻した理由の「荀イクと少し相談していてな、なかなか結論が出せなかったのだ。すまん」という言い訳を完璧に信じている様子だった。
「いや、何を相談と言われてもな陳羣・・・」
おもわずたじろぐ曹操は、助けをもとめるように荀イクを見上げたが、隠しきれない疲労を目もとにただよわせて、彼は知らんぷりをきめこんで郭嘉を笑顔で押さえ付けている。
あっさり共犯者に見捨てられた男は、腹を括り直して御大層にいってのけた。
「まあいいだろう。郭嘉、お前もあとで来てくれ、そのほうが話がまとまりやすい」
「はあ?俺ですか?」
咄嗟のご指名におどろいて素頓狂な声を上げたものの、曹操は微塵も表情を崩さない。これは本当に内密のことかなあなどと、郭嘉までもが信じはじめたのだから、陳羣にいたっては引き下がらないわけがなかった。
もっとも、その隣で荀イクもまた驚いていたのだが。
 
 
「で、何ですか?殿〜」
「そうですよ、一体何の相談なんですか?」
朝議がおわってから随分たつ、きっちり暇をとれなかったためにもう夕方になってしまっていた。あっさり曹操の言葉を肯定してやってきた郭嘉と、曰く「相談事をしていた朝議に遅れた荀イク」は曹操を両脇から囲んで問いただした。
一方曹操はといえば、朝の言い訳なんて忘れていたといいたげにきょとんとしている。
「?何がだ?」
「だ〜か〜ら〜」
郭嘉、相手は上司だろう・・・
とにもかくにも何だとつめよる郭嘉と、理由はわからないが笑顔に欠ける荀イクを前にして、曹操はなんだか至極後がない気に襲われたが、そう言えば今朝も口八丁で切り抜けたではないか!と重い至り、
「いやなに、いつも不真面目な郭嘉先生が、めずらしく定刻通りにいらっしゃったので、一働きしていただいただけだ」
と、にっこり。
「こ・・・」
此の狸おやじ。そんな言葉を理性のみで飲み込むと、郭嘉は呆れた様に荀イクを振り返った。
「苦労してますねえ〜」
「え?」
それだけ言ってばっと駆け出す郭嘉の身体は、明らかに外に出ようとしている。
「では!用事がないならこれで失礼します!!」
「あ!こら奉孝!!」
「奉孝!遊びが最近過ぎますよ!また長文に怒られてもかばってあげませんからね」
夕日から逃げるように長く長く伸びた郭嘉の影は、それを追い掛ける荀イクからどんどん離れて行く。まったくもう、と呟いて追い掛けようとした荀イクは、おもわず何かにひっぱられるような感覚にたたらを踏んだ。誰かと思い後ろをふりむいたが誰もいない。
何歩も後ろにいた曹操は、驚いたような顔をしていたが、やがてむっとしたような表情に変わり、
「いつものことだ、追い掛けることもないだろう」
「・・・ですが、今月で何回目だと・・・」
「まったく、お前は郭嘉郭嘉と、そればかり・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
思わず呟いた曹操に帰ってきたのは、こまったような、それでいて怒ったような眼差しだった。
「それは、殿のことじゃないですか」
「・・・・・・」
しばらくにらみ合うように立っていた二人は、どちらともなく笑顔をとりもどしたが、そのころには最早郭嘉の影など何処かへ消えてしまっていた。
「離して下さい。もうどこにも行きませんよ」
「ふふん、どこにも行かせるか」
荀イクは、曹操の足下に有る自分の長い影法師を見て鮮やかに微笑んだ。

 

 

 

 

キリ番50ゲット、あずさ様からのリクエスト。

曹操x荀イクで、隣国史にある「山吹と、馬に蹴られて春そよよ」のような三角関係系でということでしたが、いかがでしょうか。

ううん、Hて難しい・・・・(待て)

あずさ様、ありがとうございました。






※あずさコメント

と、いう訳で小川様の了承を頂いた上で、ウチの方にも置かせて頂くことが出来ました!
うわぁん、感動!!!
小川様のコメントを見て頂ければ解るように、私、漠然とした注文しか出さなかったのですよ。
それがまあ、ここまで素晴らしく色っぽい作品を拝読出来るとは!!
お互いが郭嘉のことを口にする度に悋気起こしてるお二人さんみたいですが、アダルティに見えてどこか幼い様子が微笑ましいですv
幸せでいてくださる様子が、何よりも嬉しいものですね…。

小川様、こちらこそ、本当に有り難うございました!!!


あ、レイアウトを多少、変えさせて頂きました。ご了承頂ければ幸いです(その前にご覧下さるだろうか…)。





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