余命幾許もないところに背中から撃たれた自分は、てっきり死んでヴァルハラに来たものだと思っていたが。
 
「あ、気が付いた」
 
目を開けた途端覗き込んできたのが自分に瓜二つの顔であったので、ハイデリヒはつい反射的に布団を捲り上げて身を起こした。
こんな天国は嫌だ。
 
「うわー、これだけ元気ならもう大丈夫ですねー」
ハイデリヒと同じ顔したやや年若に見える少年は、患者の混乱状態にも気付かず一人納得して頷いている。
「アルフォンス……、エルリック?」
「そうですよ?」
唯一思い当たる節があった名前を呼べば、当然のように応えが返る。
ハイデリヒは今倒れ込めば今度こそヴァルハラに逝ける気がしてきた。間違ってもシャンバラとやらには用がない。
 
 
 
「……エドワードさんは?」
「あなたを心配し過ぎてぶっ倒れたんで、隣の部屋で寝かせてます」
「じゃあこっちの世界にいるんだ」
「当たり前じゃないですかボクがいるんだから」
「ちょっと……どういうことになってそういうことになったのか、説明してくれないかい?ここは僕の世界だよね?」
「あ、そうか」
とうとう頭を抱え出したハイデリヒに、ようやく事情説明の必要を思い出したか、異世界のアルフォンスはぽんと手を打った。
こうして見れば年齢によるものか随分あどけない。自分そっくりの弟と聞いて違和感を抱いていたが、長い髪と茶に近い薄い瞳の色は、成程エドワードとの血の繋がりを感じさせた。
「あなたのお陰で兄さん、一度はあちらに帰れたんですけど……」
 
アルフォンスの語ったところによれば、向こうの世界で大いに暴れまくったエッカルトの軍団を何とか撃退した兄弟は、再度の進攻を防ぐ為にもこちらの門を破壊する必要を覚えて戻ってきたという。
そうして帰還したミュンヘンでは血塗れのハイデリヒが虫の息で、慌てて兄弟は治癒錬成に臨んだらしい。
「え、でも君達の錬金術ってこちらでは使えないんじゃ……」
「門が開いてる間だけは辛うじて作用するみたいで、あとボクが赤い石を拾ってたので」
もうこれだけしか残ってないんですけど、言いながらアルフォンスが見せてくれたのは水晶のように光を透かす赤い石の欠片だった。ルビーのようにも見えたがあの宝石の原石はもっと濁った色をしていて、こんなに透明度は高くない。
異世界産のこの石は賢者の石に近い性質を持っていて、錬金術師の力を底上げするような作用があるという。
アルフォンスがあちらから門を開く前に襲い掛かってきたホムンクルスとやらが体液のように撒き散らしていたのを、同行者をサポートしようと拾ってポケットに入れ放しだった……ハイデリヒの常識では既に理解出来ない。
他にも隠している事情が色々ありそうだったが、もう何も訊くまいとハイデリヒは決意した。
そんな訳の判らない世界で十六年生きていたなら、エドワードのあのエキセントリックな性格も仕方がないというものである。
「や、兄さんのは個性ですから。あっちでも充分浮いてましたって」
ハイデリヒの納得は一言の元に否定された。がっくり。
 
「そうそう、傷を塞ぐついでに病気の方も治しておきましたから」
「ええっ!?」
「悪い細胞を健康なものに置き換えて……ボクら、一度ならず人体錬成に挑んだ兄弟ですよ?人間の体は専門なんです」
淡々と告げた時の表情だけは無邪気さを消し去り、アルフォンスは達観した老賢者の如き年齢不詳の顔をしていた。ふと、そちらが彼の本質ではないかとハイデリヒは疑った。
 
 
 
 
 
→後編に続く] 
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意味もなく始めてみたデリヒ生きてたよパラレル(解りやすい)。
生きてさえいれば良いのであんまり萌えとか考えてません。