[前編のあらすじ]
理屈を蹴倒し目を瞑り、ご都合主義丸出しの力業で生還を果たしたハイデリヒ。
しかし意識を取り戻した彼の前にはコスプレ弟が待っていた!
気を付けろ、奴は君が持て余してたエドワード・エルリック以上の曲者だ!!
「で、あなたはこれからどうするんですか?」
当然のような顔で、脈絡のない言葉が寄越された。面食らうハイデリヒは、先程から軽いジャブを繰り出されては、一々に大ダメージを受け続けているようなものである。
思考のテンポが全く噛み合わない。この少年が自分と同質の存在とはどうしても思えずに、苦くハイデリヒは溜息を零した。
「ボクらは旅に出るつもりなんです。あちらから持ち込まれた兵器があるらしくて、捨て置けないって兄さんが」
「……君達の好きにすればいいよ。それと僕の今後には何の関係もないだろう?彼には本物がもういるんだから」
僕はもう必要ない。口にするには抵抗が大きすぎた。
同じ造作の少年が当然のような顔をして同居人を兄と呼ぶのに違和感を感じ、そして胸が悲鳴を上げている。言われた通り体の節々にあった痛みも消え、死病は治癒しただろうというのに。
まるで弟のように扱われるのが嫌で堪らなかった筈なのに、躊躇なく彼を兄と呼べる少年が妬ましい……本心では彼の弟になりたかったのだろうか。本物の。
「あー…、やっぱり変だと思ってたんだけど。兄さんってやっぱりアレでしたか?」
憮然としたハイデリヒの声は喧嘩腰に近かったというのに、アルフォンス・エルリックは一向に気を悪くした様子がなかった。却って恐縮したように後頭部に手を当てて、愛想笑いに似た苦笑を返してくる。
「別にボクが本物ってわけでもないんですよ?」
「ボクら兄弟って全然顔立ちは似てないんですけど……まぁこの髪型始めてから瓜二つだって言われることが増えたんで、どっか似てはいるんでしょうけど。兄さんは父さん似で、ボクはかなり母親に似てるんです」
一見、弟の話は全く脈絡無い始まり方をした。
「ボクら物心付く前に父さん失踪しちゃって、ずっと母子家庭みたいな生活してたんですけど、……ボク達が錬金術を始めたのを見て母さん、物凄く喜んでくれて」
話の行方を追うように、ハイデリヒは目を眇める。エドワードからも少し聞いたことのある身の上話だった。
ひたすら温かくきらきらと輝く思い出は、こんな風に刺のある口調で語られはしなかったけれど。
「特に兄さん、可愛がられてたんですよねぇ……父さんに似てるから。重ねやすかったんだと思います」
懐かしむような眼差しだけは、その兄と同じ色彩だった。エドワードの瞳に浮かんでいた苦さに似た色も、喪失の痛みだけが原因でなかったのかもしれない。
「母さんが父さんのことを口にしながら死んで以来、兄さんって他人からの愛情に懐疑的になっちゃったっていうか、ボクに拘るのも母さんから貰えなかった愛情をその分求めてるだけなんだと思います」
本当は兄さん寂しいだけで、優しくしてくれるなら誰でも構わないのかも。
放り出すような口調で締め括って、少年は肩を竦めた。
「……その重ねるのって、僕がエドワードさんの瞳が星のようで綺麗だと思うのと、何か違うのかな」
「さぁ。わかんないです」
「それでも君はここへ来たんだ?」
最前までとは裏腹の無邪気さ漂う笑顔で、アルフォンス・エルリックは首肯した。
「世界に一人だけの兄さんだから」
ハイデリヒも頷いた。
昂揚した感情でレバーを引いたあの時、彼を送り出すことの出来る自分が誇らしくてならなかったことを……思い出した。自分を求め、悲痛に叫ぶエドワードの声も。
彼を手放した瞬間、偽物でも本物でもない、アルフォンス・ハイデリヒは自分自身になれた筈だった。
比べることが土台間違っている、この少年とハイデリヒは別人であるのだから。
「――…、ちょっと待って。あちらの兵器?」
混乱を脱してクリアな視界を手に入れ、今更ながらハイデリヒは先程聞き流した単語に引っ掛かりを覚えた。
「はい、トゥーレ協会が門の向こうから取り出したもので、……強力な爆弾です」
科学者の一人として、今の時代に科学技術がどのような使われ方をされるか、ハイデリヒは身に沁みて承知している。技術に善悪があるのでなく、利用する者の目的と良心に全ては左右される。
「ハウスホーファー教授の話だとナチス関連の研究所に運ばれて、今は協会の方でも所在を確認出来ていないそうです。心当たりは幾つか聞き出したので、その周辺から調査していくことになってて」
生死の境を彷徨っていたハイデリヒは、慎重論を唱えたハウスホーファーがエッカルトに切り捨てられ銃弾を受けたことや、重傷でなかった彼が治療もそこそこにノーアと共にハイデリヒを見守っていたことなど、当然知ってなどいない。
協会内部の情報を何故エルリック兄弟に暴露する気になったのか。背景は知らずとも、断片的な言葉だけでハイデリヒが決心するには充分だった。
「あ、ごめんなさい。意識を取り戻したばっかりなのに長話しちゃって。疲れましたか?」
目を閉じたハイデリヒを見て、アルフォンス・エルリックは誤解したようだった。
気遣うように声を潜めるのをくすぐったく聞き流し。
ぼんやりと明るい瞼の奥ではエドワードが笑いかけていた。ハイデリヒだけに向かって。
煌めく瞳は星のようで、長い金髪はハイデリヒのものより鮮やかに、明るく輝いている。
まるで月の女神のような人だった。気紛れで潔癖で残酷な、僕だけの処女神。
何処か遠い世界を眺望しているような彼の謎めいた雰囲気に魅せられて、ハイデリヒは未知なる宇宙への憧れを益々掻き立てられた。
届かない星のようなその存在に少しでも近付けると、選んだ手段は結果的には間違っていなかったけれど。
自分なりの愛し方というものを、ハイデリヒは既に知っていた。
〈続 いてしまった〉
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今頃気付いたんですが、弟ってドイツ語喋れないのにどうやって意思の疎通を図ってるんだろう……。
デリヒが目を覚ますまでの三日間くらいで兄貴に猛特訓受けたのかな!(ご都合主義)
多分アメストリス語は限りなく英語に近い言語だと思うので(古英語から独自発展?)、同じラテン語から派生した文法使ってる彼らは我々日本人が英語を習得するよりも簡単に向こうの言語をマスター出来る筈です。多分。
でも飛べない天使とかで妙にドイツ文化圏な固有名詞頻出してたし、ドイツ語も元々アメストリス語の一方言かもしれないですよね。
原作とゲームとアニメと、全部設定は違うっぽいですが。