「まぁた脱走する気か?ロイ」
中央総合病院の一室にヒューズの皮肉を込めた一言が炸裂した。
ヒューズが担当するこの患者は彼の学生時代の腐れ縁で、かなりの問題児(という年齢ではないが)なのだ。
重傷で担ぎこまれたにもかかわらず度々脱走を試みている。看護師に見張らせてもその甘いルックスに懐柔され、見逃すどころか脱走の手伝いまでする始末。
一時は命すら危ぶまれていたのを救ってやったのは誰だと思っているのか。いっそ放っておけばいいのは解っているのだが、彼の荒んだ瞳に世話焼きの血が放っておくことを許さない。
ヒューズはロイが羽織かけたシャツをもぎ取ると、寝衣を代わりに押し付ける。
「今度脱走しやがったらベッドに縛りつけるからな」
「まだ脱走はしてないぞ?未遂だ。誰かさんの所為でな」
「同じことだろうがっ!!…まだ傷口は塞がってないんだぞ」
渋々寝衣を着るロイを横目にヒューズは眉をしかめた。昔はこんな奴ではなかったのに。思わず溜め息が溢れた。
気に食わないといえば最初からだ。
「そもそも怪我の原因は何なんだ」
「最初に言っただろう、痴情の縺れだと」
大人しくシーツの間に収まっているロイは、捕縛されるまでの必死さを置き忘れたように悠然としている。
そんな訳があるか、危うく怒声を発しかけてヒューズは踏み止まった。
執刀した自分が一番よく知っている、あれが……あんなものがそんな簡単な事情で出来るか。懲りずに何度も脱走を試みる理由にもなりやしない。
「…へいへい、今は聞かんから取り敢えず大人しくしとけ。体調が万全じゃない時は頭だってロクに働かないぜ」
ヒューズが降参のしるしに両手を上げれば、ロイは初めて本音らしき苦笑を洩らした。
「すまない。感謝する」
その顔色が悪いことに気付いて、ヒューズは病室から退散することにした。無理に振る舞っていても、平気である筈がないのだ。主治医の自分が患者の体調を悪化させてはならない。
「じゃあな」
「ああ」
なあ、お前は何を抱えてる。
俺にも話せないどんな厄介事に巻き込まれてるんだ。
ヒューズの喉に絡んだままの言葉は、今日も口に出されることはない。
〈続〉
※梓コメント
馨兄さん口説き落としてリレー小説開始です。ふふふー。
シーンの区切れごとにアップする予定なので、一話内に二人の文章が混ざってるかんじで。
結構文体が違うから、どの辺をどっちが書いたかはバレバレでしょうか?(笑)