親友の心配も知らず、その二時間後には廊下を闊歩するロイの姿が病院で見られた。
着替えの服はヒューズに没収されたので寝衣のままだが、外に出てしまえば買うなりどうとでもなるだろう。
見張りがいそうなエレベーターは避け、一段一段ゆっくりと階段を降りる。あと一息で一階、裏口はすぐそこだ。
成功目前の脱走計画ににんまりと笑い、ロイは背後を振り返った。
数階分が吹き抜けになった、はめ込みのガラス窓。燦々と降り注ぐ日光、そよぐ庭の木々の緑、それを覆い隠した影。――影?
「うわあああっ!」
ロイが異変に気付いた時には全ては遅く、人が落ちてきたのだと知った時には投げ出された体がロイに体当たりしていた。咄嗟に受け止めるが、そのまま二人漣れ合い一階の床に尻餅をつく。
ガッシャーン……跡を追って車椅子が衝撃音を響かせ落下し、ロイのすぐ脇に激突した。
カラカラと二つの車輪が天を向いて虚しく回転する。
今更ながらぞっとして、ロイは車椅子から目を逸らした。
腹の傷は酷く痛んでいたが、それより自分が庇った相手の安否を確認する。
「おい君、大丈夫かい!?」
小柄な子供だった。体付きや結んだ長髪からは俄かに性別の判断はつかない。
肩を抱こうとして子供の右腕が付け根から存在しないことに気付いた。
「ええと……」
らしくもなく困惑していれば、察したように俯いていた顔が上げられる。
「……ありがと」
ロイは息を飲んだ。子供の丸い瞳の色は、太陽のような黄金色をしている。
その黄金色の瞳に魅せられ、ロイは呼吸することすら忘れていた。
腕に抱いた子供が不思議そうに彼の顔を覗きこむ。
「おい?」
目の前で手を振られ我に返ると、ロイは体勢を立て直す。
「あぁ…済まない。立てるかい?」
痛みを堪えて立ち上がると、子供に手を差し出した。だが子供は右腕ばかりかその左足にも不具合があるようで…。
自宅から持参したのだろう薄いグリーンのストライプ柄パジャマが、左足の膝から下だけ厚みがない。しかもその厚みがなくなる辺りにうっすらと赤い染みができている。階段から落ちた時に傷口をぶつけたのだろうか。
段々拡がり始めたその染みに、ロイは慌てて子供を抱き上げた。途端に先程の比にはならない激痛がはしるが、そんなものに構っている暇はない。
階段を降りると廊下へと続く扉を蹴り開け、近くを通った看護師に事情を説明し処置室へと駆け込んだ。