からーん、ころーん……。
葬儀の朝を彷彿とさせる、どこか不吉で歪んだ鐘の音が響いている。高台にある緑豊かな学園、そして麓の港町にまでチャイムの音は届いて、見た目ばかりは明るく爽やかな朝の風景を静かに支配していた。
「おはよー」
「おはよう」
敷地外に点在する寮から吐き出されてきた少年少女達が、三々五々に校門へと向かっていく。彼らの頭上から降り注ぐのは薄紅色した桜の花弁。
私立・アメストリス学園の、いつもと変わらぬ朝の風景である。
「――エルリック!」
そんな爽やかな朝に不似合いな、怒りを含んだ叱声。それに振り向いたのは、男子の制服を纏った小柄な生徒である。
十代半ばに見合わぬ凄味を持つ金の眼差しを、呼び止めた教師に対し投げ掛けた。
不逞不逞しく立ち止まった態度に萎縮の様子は微塵もなく、強いて言えばその眼に浮かぶのは面倒臭い、といった感情か。
「なんですかぁー、センセイ」
「お前、新学期早々からこんな格好をして、一体どういうつもりだ!」
酷薄そうな、しかしどことなく小物じみた愛敬のある教師からの叱責を、案の定と言うかエルリックと呼ばれた生徒は全く意に介していない。
「でもこれ、学校指定の制服ですけど」
「これだけ改造してたら片鱗もないわ馬鹿者!!」
「えー?」
のらくらと躱しつつ、生徒は改めて自分の着衣を見回す。
学園の制服は男女共に浅葱色を基調としたものだが、確かに生徒が纏っているのは同じデザインながら黒い学ラン。しかも膝丈までの軽快な短パンを穿いて、すらりと美しい脚線を惜しげもなく露わにしている。
黒と紅のどぎつい色の対比は黄金色の髪と瞳を引き立てて、王侯のような荘厳さと誰もが振り返る魅力とを、この溌剌とした生徒に与えていた。
「いいじゃん、似合ってんだから。俺が似合う服を俺が着て、何の問題があるのさ」
「ここっ、校則を何だと…っっ!」
貧相な口髭を震わせて絶句する教師を気にも留めず、
「あ、遅刻しちゃうじゃん。じゃあね、ヨキ先生ー」
「コラぁ待てエルリック!!」
生徒は限りなくマイペースに欠伸などしながら、最早完全に教師を無視して歩み去っていく。
その一幕を見ていた周囲の女子生徒達が堪らずといった風に一斉、熱い吐息を洩らした。
「相変わらず素敵ねぇ……エド様……」
学園きっての問題児、そして異能の王子様。
その名前をエドワード・エルリックという。
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渡り廊下、エドワードは親友のウィンリイと連れ立って歩いていた。
ウィンリイはエドワードの腕にしがみついているが、とはいえ長身の彼女がぐいぐいと小柄なエドワードを引きずるように歩いていては、恋人と見るには少々不恰好な二人連れではある。
「もう!あたしが好きなのはエドだけなんだからね!」
「へいへい、だからって俺が寝てる間に改造しないでくれよ……」
そんなふざけあう二人の先で、よく分からない人だかりが出来ている。
「――なんだ?」
「誰かのラブレターらしいよ」
エドワードの呟きに答えるように、誰とも知れぬ男子生徒が声高に話している。確かに人垣の向こうには、女の子らしく可愛らしいデザインの便箋が、掲示板の目立つ箇所に貼られていた。
「ええと……『そして夢の中で、アーチャー先輩は右半身がメカになっていました……私ってバカですよね。あなたは口からランチャーを発射して悪者から私を守ってくれました……』なんだそりゃ」
男子達の一人が文面を読み上げると、どっとその場が笑いに沸き返る。
(ウィンリイだ……! 間違いない、いかにもアイツの書きそうな手紙だ!!)
血の気の引いたエドワードは、慌てて人垣を割って進むと掲示板から便箋をむしり取る。
「おい、何すんだよー」
「てめぇら悪趣味だぞ!!」
「中身の方が悪趣味じゃんか。ひょっとしてエドが書いたのか?」
「いや、俺じゃなくて……あ!」
ニヤニヤ揶揄ってくる生徒達から目を逸らした瞬間、エドワードはウィンリイが泣きながら廊下を走り去っていくのを目にしてしまった。
「……許せねぇ、アーチャーの野郎っっ……」
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「知りませんね」
捜し出した剣道部の道場で、アーチャーは淡々とエドワードの詰問に答えた。
怜悧さを強調するアイスブルーの瞳は自分に食ってかかる後輩など一顧だにせず、精神統一でも図るかのように竹刀を構えて動かない。
「私の捨てた手紙を、誰かがごみ箱から拾って、勝手に貼り出したんでしょう」
「ならどうして人目につくようなトコに捨てんだよ」
「私の行動に口出しされるのは非常に不愉快ですね。そもそもあんな気味悪い手紙……、皆に笑われるくらいしか使い道がないでしょうに」
自分でもかなりキモイ手紙だと思ったことを棚に上げたエドワードは、大切な友人への軽蔑を隠さないアーチャーの言葉に怒りを爆発させた。
「――決闘だ!!」
「! その指輪は……」
初めてエドワードに向き直ったアーチャーは、薔薇の刻印の指輪に気付くと俄かに表情を改める。
「分かりました。放課後、決闘広場の森で会いましょう」
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(BGM:絶対、運命、黙示録〜 以下略。)
その長い長い螺旋階段を上りきった場所は、円形の広場のようになっていた。
「ここが……決闘広場?」
アーチャーは既に待機している。審判役なのか、何故か同行者を伴っているが……。
「あーっ!?あの時の女装男!!」
思わずエドワードはソレを指差した。
くすんだ金髪を短く刈り込んだその少年は、先だって温室で見かけた時のセーラー服ではなく、華麗な深紅のドレスを身に纏っている。すらりと痩身で柔和な顔立ちの少年にその姿は似合っていると言えないこともなかったが。
「あんたウィンリイのこと変態呼ばわりしておいて、自分はオカマ好きのホモかよ!」
「違います!アルフォンスは薔薇の花嫁……君、決闘ゲームのルールを知らないのですか?」
「んだよ、付き合ってるんじゃないのか」
「そうだよ。はい、頑張ってね」
オカマ扱いされても口出ししなかった少年――アルフォンスが、一輪の薔薇を手に進み出た。にっこりと笑って、エドワードの学ランの胸ポケットに飾る。
ふわりと薔薇の芳香が鼻を掠め、エドワードは妙に心騒ぐものを感じた。
「準備が出来たのなら」
見れば、アーチャーの胸元にも緑色した薔薇が一輪飾ってある。
「この胸の薔薇を散らされた方が負けだから」
「う…うん」
倒錯的な美少年からするりと流し目を送られてどぎまぎしている内に、アルフォンスは身を寄せていたエドワードから距離を取った。どこか不機嫌そうにしているアーチャーの傍らに、改めて位置を定める。
「私と契約中でありながら、妙に彼方を贔屓しているようだが?」
「気の所為ですよ」
小さく舌打ちして、気を取り直したらしい黒髪の男は朗々と宣誓した。
「世界に革命を起こす力を――!」
「何だそりゃ」
怪訝なエドワードのツッコミは、しかし更なる驚愕への序章に過ぎなかった。
「え、なんで、人から剣が生えてきたんだけどーーー!!?」
なんでそんな当然の顔で!?大体何処にしまってんだよソレ!!
ぎゃあああ、こえーよー、おかーさーんっっ……!!
ビックリ人間もビックリする異常な世界の到来だった。
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「っくしょー、酷い目にあったぜ……」
面倒臭いので決闘の経過は省略するとして(…え?)、偶然のように勝利を収めたエドワードは寮への帰路を辿っていた。
周囲の風景を夕暮が押し包み、一日の終わりを意識すれば、奇妙な出来事の疲れが一気に肩へとのしかかってくる。しかしその考えはまだまだ甘い。
「にーいさんっゥ」
今日という一日は未だ終わっていなかった。
「……へ?」
校門の前に待ち伏せするように佇んでいたのは、長身のセーラー服。
「一緒に帰ろう?」
「アルフォンス、だったか?」
女装の少年を前につい愛想笑いを浮かべかけたエドワードは、寸前で危うく我に返った。
「――ちょっと待て!なんだその兄さんってのは!?」
「僕は決闘勝利者のモノ。契約を取り交わした以上、これから僕らは義兄弟だからね」
「はー?マジかよー……」
厄介事から逃れられそうもない予感に、思わずエドワードは頭を抱えた。しかし顔を上げればアルフォンスが実の弟のような親しさでにこにこと微笑んでいる。
「まぁ、いっか……」
長身を屈めてのねだるような上目遣いについほだされていたエドワードはこの時点、真の意味では事の深刻さを全く理解していなかった。
これから自分達(義)兄弟を襲う、運命の過酷さを――。
ウテナの脚本集(持ってるのかよ)参照した割に、あんまり展開に忠実じゃなかったかもしれません。
アンシーよりアルのが、妙に馴れ馴れしい気がします。スカートでも男だからか。下心?