――そうして、僕は永遠を紡ぐ方法を模索する。いつまでも。






 

至福三年

 
 
 
 
 


 CHAPTER7〜エセ天使の主張〜
 
 
まだ、彼は日記とかつけてるのかな……。
目の前で、よく解らない機材が展開されていくのをぼんやりと眺めながら。
普賢は、先程顔を顰めつつこの場を立ち去った仙界教主の表情を思い出した。
仙人界、神界、人間界の相互干渉は禁止されている。ワープゾーンを管理している楊ゼンは、雲中子の要請を許可しつつも、わざわざ監視として神界までついてきていた。……先刻帰ったが。
自分ではポーカーフェイスを保っているつもりなのだろうが、普賢からするとまだまだ甘いと言わざるを得ない。
……結局は素直な育ち方をしてきたんじゃない。玉鼎に育てられて嘘が上手くなる筈がないんだよね。
そう言えば、普賢の親友もだんだんと嘘をつくのが下手になっていった。仙界大戦の時、久しぶりに逢った太公望が緊張や心配を表に出すのを見て、普賢は吃驚すると共に安心したのだ。
夫婦ってやっぱり似てきたりするものなのかなぁ……。
微妙にずれたことを考えつつ、目は作業を見守る。雲中子は機材を並べ終え、腰を上げた。
「じゃあ、この台の上に乗って」
「うん」
スプーキーの人体実験は、ついに神界にまでその被害を広げるらしい。ただ、生前は太公望と二人して魔手から逃れ続けていた普賢が大人しく実験に付き合っているこの状景を見たら、大抵の者は驚くに違いなかった。
普賢は、幾つものコードが触手のように生えている台の上に乗り込む。といって、魂魄体である彼は地面に足を着けていないので、正確には台の上に浮いているという状態だが。
「でも、その機材どうしたの?自分で造ったんじゃないでしょ」
「うん、理論を太乙に説明してね、造らせた」
現在太乙は蓬莱島の解析に血道を上げている、という噂を聞いたが。片手間で色々とやっていたらしい。
「設計図見る?」
「うーん…、じゃあ後で」
かといって彼らがこの機械を絶対に造れないという訳ではない。宝貝造りは仙人にとって必須の技術であるし、元々理系仙人である彼らにとってはごく近しい分野である。実際、生物が専門なのは雲中子だが、太乙も普賢も薬学の知識は深い。
そもそも、普賢や太公望に科学の基礎を教えたのは、雲中子や……不愉快だが(とは普賢の認識だが)太乙なのである。
機材に取り付けられたモニターを覗き込みながら、雲中子はマウスを動かしている。画面の内では、様々なグラフが乱舞していた。
 
詩人が歌い上げたくなるような繊細な外見からそう見られることは少ないが、普賢はリアリストである。
初めて彼らの講義を聴いた時、全てが明瞭とした理論で構成される科学に心奪われた記憶がある。曖昧さを許さないそのフィルターを通せば、世界の全てが簡単に説明出来るに違いない、と。
「……そう言えば昔、恋愛三年説とか説明してたよね」
柄になく感傷的になったまま普賢が遠い目をすれば。
「は?そうだっけ?」
いつも通りぼんやりとした表情のまま、雲中子は首を傾げた。画面から視線を外すこともしない。
……忘れてたんかい!!
太公望の怒りのツッコミが炸裂しそうである。本気で幻聴が聞こえた普賢は、やや苦みの混じった笑みを浮かべた。
……これで納得していたのだから、僕も望ちゃんも子供だったんだよね。
 
手放す訳にはいかなかったから、『友情』なら醒めないと思って。
約束をした。
この感情は友情だと、永遠に、いつまでも一番大切でいようと。
……定義することによって余分な箇所を切り落とし。
今となってみれば、その定義が正しくなかったことは判る。そうではなく、解っていたからこそ定義したのだけれど。
想いのあまり眠れぬ夜もあったのに、この感情がただの友情でなどあるものか。
 
 
 
――永遠が欲しかった。それ以上に。
 
 
 
 
「試しに、水素と酸素から水作ってくれない」
先程の質問など耳を通り抜けてしまったらしい雲中子が、やっと普賢の方を振り向く。
「水爆?」
「出来れば爆発エネルギーは散らしてくれた方がいいね」
「うん」
両手に抱えた太極符印に思考を送り込み、命令を下す。カチカチ……と急速な計算が行われる音の後、球体の表面に『化合』の文字が顕れた。
 
ばっしゃん
 
数瞬後に上空から大量の水が二人の上に降り注ぐ。
魂魄体を俄雨が通り抜けていくのが、奇妙な感覚を普賢に与える。体内をきらきらと飛沫が擦り抜けていく感触。
「……成る程ねぇ、宝貝も魂魄体ってことなのかな。本体の方にも数値の変動が見られるし……一度聞仲に禁鞭使って貰いたいなぁ」
奇妙な形の帽子から大量に雫を滴らせながら、魂魄体ならぬ雲中子は気にした風もなく頷いている。
「あ、今は彼の元部下が使ってるんだっけ。確かにどうなるのか気になるよね」
今の水で機械は故障しないものかやや危ぶみながら、自身も興味を惹かれて普賢は頷き返す。
……そう言えば、彼にも同じ方法で水をかけたことがあったっけ。
この感傷は、記憶を刺激する二人が揃ってやって来たことが引き起こした。判っている。
なかなか割り切れていない自分が興味深い。
懲りない雲中子は、今度はコードにぶら下がった端末のようなものを取り出してきた。
「何してるの」
「電磁反応」
その端末を、半透明の普賢の体内に突っ込んで、何やら数値を取っているらしい。
「すかすかしてつまらないなぁ。ああ、解剖したい」
物騒な発言をしながら、雲中子は本気で残念そうに見える。
「うん、生物が好きなんだと思ってたけど」
「興味あるのは“生命”。だからこれも一環。つまらないけど」
一重の目が、億劫そうに普賢を見据える。
「どんな理論にも例外はあるし、やっぱり実験しないと駄目だよ。正確じゃないし面白くない」
今の言葉を反芻して。
「……じゃあ」
「あの時は決め付けたい気分だったの。むしゃくしゃして」
ふい、と視線を下げる。端末を宝貝にも通して、満足したのか立ち上がった。水を吸った地面に膝をついていた所為で、白衣のような服は泥だらけになっている。
台の上で見せ物のようにふわふわ浮かびながら、普賢は笑み崩れるのを抑える。
変人に感情なんてあるのかずっと謎だったけど。
 
「それで、今やってるのはなんの研究?」
宙を彷徨っていた視線を、白衣の背中に向け。ふわりと台の上から降りる。
「ああ、勝手に降りないでよ」
雲中子は手で犬を払うような仕草をする。戻れと言いたいらしい。気にした風もなく普賢が画面を覗き込むに至って、諦めたように肩を竦めた。
「……タマシイの存在って信じる?」
「何を今更」
普賢が笑えば、それ以上突っ込むことなく黙り込む。
信じるも何も、自身が魂魄体である普賢はその存在に疑いなど抱きようがない。
身体に未練はない……先刻のような実体の世界との断絶を意識すれば、少し惜しかったような気もするけれど。
なんてったって望ちゃんに触れないし。
 
 
彼が約束を破ってしまって、それでも一番になりたくて。
「これまでは僕だけが望ちゃんを傷つけない存在だったけど」
今度は、消えない傷を遺すことで忘れられないようにしたかった。
「……ふりだしにされちゃったけど」
くすくす。
 
普賢の独り言を耳に留めた様子もなく、無表情の雲中子は画面と睨み合っている。
 
親友の正体は宇宙人で。
全ては自分が仕組んだのだ、とか。
 
何よりもう一度逢うことが出来て。
 
 
色々考えて出した結果が無駄であっても。嬉しかった。
「結局、大好きなんだよね」
清々しく笑う。
 
 
 
スプーキーは片付けを始めていた。いつの間にか。
「あれ?」
「比較データが足りないな。集めといてくれない?」
相変わらず他人の話を聞かない雲中子に、普賢はにっこり笑って頷く。天使の微笑みに騙された犠牲者が、次の訪問の際は大勢見られるだろう。
 
 
永遠なんか信じない。
不幸にしてアタマが良かったから、お互い。実際の処自分達の行動が無駄だと知っていた。
でもそれ以上に、太公望が理性より情を取る性格で。
楊ゼンの身を案じて走ってくる彼を見て、本当は嬉しかったのだ。
安心した。
 
太公望が変わってしまったのと同じで、本当は普賢も変わっていた。
 
決して、それは哀しいことではない。
 
 
「……ねぇ、でもどうしてつまんない研究してるの」
ふと気になって問い掛ける。
雲中子は答えないかと思っていたが。
「まぁねぇ……約束だし」
謎の笛をくわえながら、はっきりしない発音ながら聞き取れたのは相応しくない言葉。
「ふぅん……」
「訊いたら一発かもしれないけど。言った手前、帰ってくるまでに自力で解いておきたいじゃないか」
それは誰のこと?と訊こうとして。
訊かないことにする。
 
 
 
 
 
 
「遅いよ」
「わざわざ人を呼びつけといて第一声がそれですか」
仙界の若き教主は、威圧するように腰に手を当てていた。もっとも、それくらいでどうにかなる面子ではなかったが。
「じゃあ、これ運んどいて」
雲中子がコンパクトになった機材を指さすと、ますます不機嫌な顔になる。
往路がそうであったのだから予想もついた筈だが。教主としての責任感が邪魔をして、代理に行かせるということも出来なかったのだろう。
「要領悪いよね」
普賢が笑み崩れると、殺意の籠もったひと睨みが返ってくる。言葉は意図されたとおりに理解されたらしい。
部分変化で黄巾力士を出すと、機材を上に載せる。雲中子は、当然の顔をして操縦席に乗り込んだ。
 
いつかとは逆の光景。
 
「楊ゼン」
「……なんですか」
半分無視していた普賢の方へ不機嫌に向き直る楊ゼンに。
「まだ終わってないからねvv」
にっこりと、とっておきの笑みを浮かべれば、
「……覚えておきます」
ふい、と視線を逸らされる。 




背中から黒い羽根を出現させた教主は宝貝ロボの偽モノを操りながら、異空間の捻れた空に消えてゆく。
それに手を振りながら。
「これで終わりにしようなんて……甘いよ?」
呟いた言葉は誰にも聞こえない。
 
生きているか死んでいるか。
親友は人間界をぶらぶらしていて、普賢にも楊ゼンにも届かない処に居る。
 
それでも。
「今度はどういう方法がいいかなぁ……」
諦める気はない。
「一種のライフワークだよね」
永遠を探すことは。
実験を重ねて、沢山失敗して。いつか真理が見えるまで。
「僕も意外と感情派なんだ、望ちゃん」
 
 
 
いつか帰ってきたら。
そう待ち望む人の姿は、
 
 
 
今はまだ見えない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〈完〉
駄文の間に戻る



……訳の解らないまま終わりました。
やはり、構成を考えずに勢いだけでものを書いてはいけないという好例ですね、これは(開き直り)。
結局普と太は友情だと言いたかったのかなんなのか。
ラスボスは楊ゼンかと思ってましたが、うんちゅーしだったようです、どうやら。まあ回想では、第一話から出ずっぱりでしたが。
このヒト大好きなんですけど口調がよくわからないんですよね……(死)。
意外なツーショットかもでしたが、普賢ちゃんと雲中子、気は合うと思うんですよね。ここまで思考に影響を及ぼしてるかは兎も角。

タイトルは、「至福千年」のもじり。
恋愛三年説の話を聞いて、普太ならコロッと信じちゃいそうだな、と心配したのが契機。楊太は信じないと思いますが。
しかし書き終わると、結局二人とも信じないことになってるし。
思うようには書けないものです。

それでは、今後は後日談モノなども本格的に書きたいなと思いつつ。リクも消化していかなければなりませんし。
今後とも頑張りますので、暖かい目で見守ってやってくださいませ……m(_ _)m
ここまでお読みくださった皆様、有り難うございました。