75日のヒーロー








 
SCENE1:蓬莱島
 
 
素人目には判別不能とはいえ、超ハイテク技術を駆使して維持されているこの島は、年中穏やかな気候に恵まれた姿を見せている、筈であった。
獣の唸りにも似た、低い音は遠雷。刻一刻と、這うようにして近付いてくる。地域によっては、既に雨は降り出しているかもしれない。
しかし、より響くのは石畳を蹴る際の硬質な音である。カツカツと高らかに、ある意味苛ただし気な響き。巨大な石柱に、行きつ戻りつする影が映る。
訪れる者に威圧感を与えずにはおれない、仙界教主の広大な執務室。薄暗いその場所には幾つもの影が蠢いていた。
 
「お前達に来て貰ったのは言うまでもない!!!」
がらがらがら。
 
足を止めると、ばさりと紅のマントを翻し一同に向き直る。
また近くなった雷鳴を圧して轟いたのは、教主補佐である燃燈道人の声だった。暗雲を背に、謎の威圧感を発しながら仁王立ちする元十二仙筆頭の姿はかなり迫力がある。
一方部屋の本来の主は、というと燃燈の背後に半ば隠されつつも、執務室のデスクに腰を落ち着けて穏やかな顔を見せている。如何にもお飾り、というか明らかにやる気がない。
「お前達に正義の心があるのなら、いや!ない筈がない!!ならば……」
「……ちょーっと待った」
ますます熱くなりそうな燃燈の弁を、これまたやる気のなさそうな韋護が挙手で遮った。
「あのさー、言うまでもなくないんだけど」
「む?」
「取り敢えず、なんかしたら里帰りが出来るってコトしか聞いてねーんだわ、俺ら」
「そーよそーよ!!!ハニーとの新婚ライフを邪魔してまでこんなトコに呼びつけたからには、相応の理由があるんでしょーねっっ!!?」
そーだそーだ説明しろー。
一同、すなわち整列している道士達の間から野次が飛ぶ。広間にも似た執務室には、主に崑崙出身の若手道士達が集められていた。
蝉玉の叫びに触発されて次々に上がる野次に、燃燈は微かに眉を顰める。所謂『近頃の若いモンは』という心境である。
ここは教育的指導を入れたいところではあるが、永い年月に培ってきた自制心を発揮して、燃燈は理解ある指導者の証拠として重々しく頷いた。
「今日皆に集まって貰ったのは他でもない」
だから何なんだー。……性懲りもなく挙がった声は、柱に叩き付けた拳の一発で沈黙する。
やや後じさり気味の道士達を眺め遣り。
「お前達の使命は一つ!仙人界の平和を乱す不逞の輩を捕縛することである!!!」
高らかに宣言した。
「未だ蓬莱島に収容されていないはぐれ仙道が、少なからず残存しているのは周知のことだが、」
タイミング良く、またもや雷鳴が轟く。
「その中の一人が新仙人界の転覆を狙っていることが明らかになった!!!!」
ゴロゴロゴロ。
っ、えええ―――――――っっっ!!!!?
劇的な効果。つかみはOK、とばかりに一つ頷く。
「妄言をもって人心を惑わす邪悪な存在を、正義の名において許してはならないっ!!!!」
片手をびしいっと挙げる。雰囲気に呑み込まれた一同はなんとなく歓声を上げた。
「っつーことはソイツをぶっ飛ばしちまえばいーんだなっ!!」
好戦派の雷震子が身を乗り出す。瞳はバトルの予感にきらきらと輝いている。
「うむ。しかし殺してはならん」
「………つまらん」
呟いたのはナタク。
「あくまでも生け捕りにするのだ!」
人間界には封神フィールドが張られていないから云々の説明を一気に飛ばして、それだけを断言する。
「ぅおっしゃ――っ!!やるぜ!!!」
乗せられるままボルテージが盛り上がりつつある集団の中で、しかし一人の道士が恐る恐る前に進み出る。
「でもなー、仙道は人間界に行っちゃ駄目なんじゃないのかねぇ。それに証拠はあるのかい?」
比較的冷静な崇黒虎の意見に、またもや燃燈のこめかみは引き攣った。
(ここで本当の理由を言う訳にはいかない……!)
「私が証人だ!!!!!」
方法は一つ。勢いで煙に巻く。……正義の為には仕方がない。
「あ、ああ……」
「それに、この計画は教主も直々に支持なさっている!!……そうだなっ!?」
教主への礼儀も何もなっていないが、取り敢えず旗印に立てておこうと振り向いた。
 
が。
 
ピカッ
「……まあ、そうだね……」
ガッシャ―――――ン……っっ!!
閃光の瞬いた直後、地も割れんばかりの凄まじい音が響いた。すぐ近くに落雷したらしい。
それに合わせ、ザァ―――……、強い雨の音が室内にも響いた。
燃燈は、硬直している。
屋外の荒れ模様など気にも留めていないような楊ゼンは口に微笑みを浮かべている。暗がりの中、一瞬雷光に照らされてくっきりと陰影の刻まれた貌。どこまでも秀麗なそれは、しかし壮絶な恐怖を誘った。
眼が、眼が笑っていない。
(………っ!!)
気を取り直して向き直る。
「そういうことだ!!!」
「はぁ……」
雷鳴に掻き消されて楊ゼンの声は聞こえなかったろうに、意外にあっさりと崇黒虎も矛を収める。
元々、彼らにせよ大して建前に拘っている訳ではない。融通の利かない筆頭である教主と補佐役が揃って賛成しているのなら構わない、といったところであろう。
しかし燃燈はそれどころではなかった。
先刻見た眼が背後から突き刺さっている気がする。……殺気が籠もっていたような気がするのだが?
また雷が落ちた。思わず肩を竦める。
(落ち着け、落ち着け燃燈道人……!)
楊ゼンごとき若造一人に怯えてどうする!?などとかなり失礼な言い分で己を鼓舞する。
「あのー、教主さん」
しかし、それも一瞬のことで。
「何かな?」
どこまでも穏やかな楊ゼンの声が背後でする。
「ついでにご主人を見付けたら、ふん縛って引きずってきても構わないっスよね!?」
四不象のある意味当然な確認に、何故か一同からは動揺したようなざわめきが漏れる。小声でぽつぽつと囁かれる声は、しかし燃燈にとっては拷問に等しい。
で、出た。
恐る恐る振り返ると、表情の読めない、完璧な笑み。
「……………楊ゼンって呼んでくれないかな?」
質問とはあえてポイントを外した返答を返した楊ゼンの視線が、ふいに霊獣から燃燈の方へと移動する。
ピカッ
眼光で人を殺せるのなら、燃燈の生命は危機に晒されていた。
ガラガラガラ……。
冷や汗が、がちがちに強張った背中を伝い落ちる。教主の態度の理由は知っている。知っているからこそ余計に怖ろしい。
うっ、狼狽えるな、うろたえるな燃燈道人っっ……!!!
(ね、異母姉様……!)
思わず内心で幼児退行を起こしている燃燈が習性のまま姉の助けを呼んでも。
強く優しく清らかな異母姉が彼を助けるかどうかは、この件に関しては微妙なところである。
方法は一つしかない。
(待っていろ、道化…………!!!)
某太師のような口振りで理不尽に怒りを転嫁させつつ、かつての友人から学んだ腹芸というものを駆使している燃燈道人は。
『不逞の輩』の正体をどのタイミングで話せばいいものか、ひとしきり苦悩したのであった。
 
横殴りの雨が窓ガラスを弾く。
炎のような、と評される緋色の髪は、湿気を吸ってくたりとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
――『雷ギライ』。
 
この後燃燈道人は、主に崑崙の仙道から親しみをもってこう呼ばれることになるのだが、それはまた別の話である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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……と、いう訳で、非常に非常にお待たせしまくった挙げ句の5757リクエスト作品です(^^;
っていうか、カウンタさん、既に一万越してるんですけど………。
あああっ、ふうゆ様っっ、すみませんですぅぅぅぅぅぅうううぅぅっっ!!!(号泣)

リクエストの内容は、同時アップのSCENE3のあとがきにて発表致します。

それにしても、崇黒虎を出せというリクではなかった筈……(汗)。
じ、実は好きなんですねー、彼。太公望と崇黒虎を足して2で割ればヤン・ウェンリーだと思ってるんですが……。