私室の、無闇に重厚なばかりの扉を開ければ、
「おかえり、望ちゃん」
けっこうな付き合いの長さの、親友の姿があった。
懐かしい花の思い出
〜白い花咲いた。
「なんだ、このような夜更けに」
少し席を外している間に忽然と現れたかのような、どこか存在感の稀薄な友人に問い掛ける。
すっと音もなく寝台から立ち上がると、普賢は濡れたわしの頭にタオルを被せかけた。用意していたらしいそれで、母親のようにごしごしと水気を吸い取る。
妙に気恥ずかしい。
「一人で出来るっつーの」
誤魔化すようにわざと不機嫌な声を出せば、普賢はあっさりとタオルから手を離した。
そして。
「うん、……一緒に寝ない?」
いつものようにおっとりとした笑顔で、そう提案したのだ。
「なんか、久しぶりだね」
「う、うむ……」
広い寝台の上。温もりを分け合うように、顔を寄せ合っている。衾を手繰り寄せ、深く潜り込んだ。
くすくすと普賢が笑う。一気に、昔に戻ったような心持ちになった。
玉虚宮に置かれてあるものは、どれも大きくて装飾過多だ。崑崙教主と、その数少ない弟子以外は住む者とてないのだから、もう少し規模が小さくとも良いのではないかと思うが、崑崙山の威信の為にも、これくらいは当然だと元始天尊様は言う。
そしてあのジジイは無類のリフォーム好きと来た。
おかげで、大改装の行われる度に、道に迷う者が続出するのだ。かく言うわしも……って、そういうことはどうでも良い。
その余波はわしの自室まで及んでいて、従って寝台もかなり立派な物が置かれてある。
かつて、今は閉鎖されている隣の部屋に普賢が住んでいた頃、しばしば同期の朋友は、わしの部屋に泊まっていった。懐かしいが……、こやつが来なくなったのはいつからだったろうか?
「しかしおぬし、自分の洞府はどうしたのだ」
しかし、ふと不安になって問い掛けた。あの頃とは、お互いの立場も環境も、全てが変わってしまった。
「一晩くらい大丈夫だよ」
「ふぅむ、……まあおぬしの弟子は師匠に似て、皆しっかり者だしのう」
「望ちゃんに誉められても嬉しくないなぁ」
何か裏でもあると言いたいのであろう。一見邪気のない笑顔にむっとして、わしは体を反転させると、にじにじと寝台の端まで移動した。
「それにねぇ」
ご機嫌を取るかのように、柔らかい声が背中越しにかかる。こんな時でも謝ろうとしない強情っぱりなのだ、こやつは。
「これからは長い間、こんな風に一緒にいられなくなるでしょう?」
ビクリ。思わず身を強張らせる。
今、最も触れられたくない話題に触れられて、らしくもなく動揺した。
「何故……」
知っておるのだ。
「やだなぁ、これでも僕だって十二仙の端くれだよ?」
声は、相変わらず優しい。
「そうか、元始天尊様と十二仙が立案したとか言っておったな、あのジジイ……」
封神計画。
「水面下では、大分前から進んでいたみたいだね。新入りの僕には詳しいことまでは知らされてないんだけど……」
秘密主義のジジイならかくやあらん、とも思うが。……何食わぬ顔で騙されていたような喪失感も、感じてしまう。
前々から上層部が何やら企んでいることは、流石のわしでも察していたにせよ。それが自分絡みのこととまでは、思いもつかんではないか。
「黙ってて、ごめんね?」
その心を読んだかのように、すかさず謝罪される。……っ、いつもの意地っ張りはどうした。
「仕方ないであろう。仮にも機密事項をぺらぺらと話すようでは、崑崙最高幹部など務まらんわ」
ここでひねくれていては、わしだけがいつまでもガキのままのようではないか。
くすり、と笑い声がする。ぐああ、むかつくのう!
「……で、どうするの?」
問いかけは、いやに確信に満ちている。ムカツク。
「まだ決めておらーぬ」
「ウソばっかり」
にじり寄ってくる気配がする。かと思いきや、肩に手が掛かった。
「〜〜〜〜〜っっ」
促されるまま、ごろりと体の向きを変える。待ち構えていたように、腕が回された。
顔を上げれば、包み込むような笑顔。
「僕は、望ちゃんが何を望んで頑張ってきたのかよく知ってるから」
確信に満ちた声。
「この機会を逃す気なんてないんでしょ。……何を迷っているの?」
思わず、目の前の夜着にしがみついた。こうしていると、弱いわしに戻ってしまいそうだ。怖い夢を見て泣きながら目を覚ます度に、髪を梳いてくれる親友にしがみついた頃の弱いわしに。
目を瞑れば、眼前にはちらちらと紅い炎が踊っている。
「……怖ろしいのだ」
本音が、ふと漏れた。
「おそらく、半端なところでは引き返せぬ。いくら必要最小限の犠牲に留めようとしても……」
あの炎はまた、人々を呑み込む。
いくら犠牲を払ってでも、やり遂げなければならないことがある。千死ぬのを防ぐ為に、百犠牲を出さねばならぬこともある。……解っている。
しかし、嫌なのだ。出来る限りのことをして、それでもこの手からこぼれ落ちていくであろう命が。
「望ちゃんらしいね」
魚が傷つくことすら厭う優しい友は、ふわりと笑ったようだった。
「……だからって、僕に替わってくれない?」
「馬鹿にするな」
「……って言っても、これなんでしょう?」
睨み付けても、一向に堪えた様子はない。
そもそも、おぬしのような軟弱者に務まる訳がないであろうが。……いや、他の誰にも渡さぬ。これは、確かに絶好の機会。奪われてなるものか。
眩しげに目を細めた普賢は、しかしどことなく悲しげにも見えた。これからわしの手によって作られていく犠牲を憂いているのだろうか。
「……望ちゃんなら大丈夫。いつだって、僕は見ていてあげるから」
こやつは、そう、いつだって。わしがどんなに愚かなことをしようとも、笑って許してくれるのだろう。
今までがそうであったように。
普賢には十二仙としての地位も、弟子達に対する責任も存在する。一時期傍にいただけのわしの存在が、こやつの枷になっていることは、申し訳ないと思っているのに。
……はぁ、迷惑を掛け通しだのう。
溜息を吐く。背負う謂われのない呵責も負担も、いつも預けどおしだ。
しかし安堵してしまったのは事実で。その隙間に、急速に睡魔は入り込んで来ようとする。
「うん、いいから寝てて。……お休み」
最後のお休みになるかもしれない。
そう思えば、わしも一言あってしかるべきなのに。
「うん……、ぉ…………」
視界が狭まる。
髪を梳いてくれる手は、……あれ、兄さまのものじゃなくて……?
思考も何も、そのままブラックアウトした。
明日は、おはようと言おう。
7335番ゲッター、桜杜翔様のリクエスト。お題は『普太』でした。普太大好きっ子の姐さんに少しでも気に入って頂ければ、と精一杯頑張りまして。
……なんか、楊ゼンが見たら絶叫しそうな内容になってます(^^;
まぁ、お二人の出会う前ですが。
封神計画発動前夜、というか、師叔が呼び出されて元始天尊の下命があった、その晩(早耳だな、普賢……)。
しかし、同衾させ(いやらしい表現…)、あまつさえ密着させておきながら、これでも私は「ふたりは友達v」とかって考えてるんですが……(汗)。
そういう普太って、普太として既に失敗してるんじゃ……ぐはッッッッ(死)
姐さん、これからもどうぞよろしくお願い致しますvv
そして、楊太もよろしくね(笑)