時間をとめることはできない……
異花
雑踏に紛れて、時折物売りの威勢の良い掛け声が聞こえる。
人々は、慎ましやかに、それでも胸を張って歩み行く。
今や独立国家となった周の首都、豊邑である。
西岐は、一般にお祭り好きの民族と言われている。豊かな生活に裏付けされた農業国家からは、かつての隆盛を極めた頃の殷の如き頽廃めいた爛熟の気配は感じられないにせよ、荒廃した中国全土の中にあって、首都豊邑に満ち溢れる活気は他国からの羨望の的ではあった。
月に何度も市が開かれる。それを待つまでもなく、常設店に行けば食料品をはじめ、大抵の物が手に入る。
満ち足りた生活は、かつて太公望が評したように『ハングリー精神に欠ける』といった弊害をも生みがちである。現状に安住する者は、目の前の壁を打破する勢いというものに欠けるかもしれない。
しかし、実際問題として殷を打倒するに足る国力は、最早西岐改め周以外持っていないというのもまた事実であった。度重なる殷の圧迫に、直轄地のみならず各諸侯の封地ですら弱体化の一途を辿りつつある。東西南北の諸侯が力を合わせて殷に対する包囲網を作り上げる、といった基本路線はあれども矢面に立つのは西岐でしかなく、また革命の為にはそれは必要でもあった。それを見越しての、挑発の意味もある『周』建国である。
その結果周は魔家四将の攻撃を受け、魔礼寿操る宝貝花狐貂によって数多の死者を出すことになってしまった。しかしこの目に見える形での被害が、いわば対岸の火事であった妖怪仙人の恐怖を知らしめると共に反殷感情に火を付けることにもなり、周国内にかつてない好戦ムードを高める契機ともなった。
先日、周は民を集めた決起集会を開いた。
以前から公然と反旗を翻していたとはいえ、正式な開戦である。
忍び寄る戦の気配を感じ、脳天気な周の民の表情にも緊張や不安の暗い影が見え隠れしている。周族が今より西方の地で他民族と交戦を繰り返していた時代ならいざ知らず、現在の周人の殆どは戦塵に身を置いたことはないのである。
しかし、漠とした暗雲は漂っていても、『お祭り好き』の周の性格は健在であった。成人男子の多くが徴兵を受けて生活にもかなりの変化を迎えていながら、相変わらず街路を闊歩する民の姿は多く、街は活気に溢れている。
半ば、不安から目を逸らしているが故の躁状態に、豊邑はあったのである。
「おう!また来たのかい?」
中国全土にチェーン店を持つ饅頭屋の老舗、丼村屋。
その中でも売上高ナンバーワンを誇る豊邑支店の販売員の青年は、すっかり顔馴染みとなった黒髪の少年の姿を認めて手を挙げた。
店内から張り出すようにひさしを伸ばし、半ば露店のような佇まいである。雑踏に流されまいと、カウンターに齧り付くようにしてしがみついている小柄な姿に笑いを誘われつつ、最早注文を聞くまでもなく紙袋の中にアンマンを詰めていく。
くんくんと、蒸籠から漂う食べ物の香に鼻をひくつかせていた少年は、不意ににんまり笑みを浮かべた。ぱっとカウンターから手を離し、開いた両手を押し出すように提示する。
「話が変わった。今日は10個くれ」
「おや、珍しいねえ」
毎度毎度きっかりアンマン5つを買っていく変わった身なりの客は、全店員の知るところである。それが今日に限って倍買おうなどと、珍しい。
「なに、今日はスポンサーが付いてるでな」
「誰が払うと言ったんですか……」
満面の笑顔に気を取られて一瞬手の止まった店員は、不機嫌そうな男の声にはと我に返る。
雑踏に紛れ見過ごしていたが、いつの間にか、少年の背後には見慣れぬ青年が佇んでいた。
少年程変わった服装ではないが、珍しい蒼の彩をした髪を一つに束ねて背中に流している。よく見ると、滅多に居ない程整った顔をしていた。男に対して使うのも何だが、『絶世の美貌』と言って良いかもしれない。
店員が思わずまじまじと眺めれば、紫の眼に睨み付けられる。
成る程、合点がいった。
少年が両手を上げられたのは、何時からかは知らぬがこの青年が背後から彼の身を庇っていたからだったのだ。今も、さり気なく腰に手を回し、小さな体が人波に流されないよう支えている。
「おぬしの財布はわしの財布であろうに」
「何時の間にそうなったんです」
「……言って欲しいか?」
少年がニヤニヤと背後に流し目を送れば、憮然とした沈黙が返る。
全く似ていないので兄弟ではないだろう。見るところ少年の方が立場が上の様だが、一体どんな関係なのか、さっぱり掴めない。……まさか、いや、そんな、……なぁ。
どうやらアンマンは10個捌けそうだと袋詰めを再開しつつ、不穏な想像に青年店員の顔は曇った。
「ちょっと、張!先刻から何ぼやぼやしとるんだい!」
その脇を突き飛ばすようにして、同僚が別の客に包みを渡した。
「おっと」
自分ではない声に目を向ければ、謎の青年も誰かにぶつかられたらしく二、三歩蹌踉けている。相手は人混みに呑まれ、既に誰だか判別仕様がない。ちょっとした親近感に、胡散臭く見えていた謎の青年への不信感が弱まった店員である。
「はいお待ち」
営業スマイルで紙袋を少年に手渡そうとすれば。
「……すまんが、ちょっと預かっといて貰えんかのう?」
「へ?」
「必ず戻る。代金はその時払うんで、誰にも売ってしまうでないぞ!」
何の脈絡もなく切り出された少年の言葉に訳の解らぬまま頷けば、
「ほら!おぬしも来い!!」
自分を庇ってくれていた相手にするには些か乱暴な仕草で、謎青年(定着してしまった)の袖を掴んで引っ張って行く。
「ちょ、なんだってんですか!?」
相手も要領が掴めない様子で引きずられるように付いて行くのに思わず同情を覚える。
「では!後でな!」
最後に、店員に対して少年が笑顔で手を振って行く。それだけ余裕があるのなら大した用事でもないのだろう。
一旦詰めたアンマンを並べ直して同僚に罵声を浴びせられながら、彼が戻って来た時の為に温かいアンマンを常に取り分けておこう、と決心する。丼村屋の優秀なアルバイト販売員、張青年は気の良い青年であった。
……徴兵されながらも、予備兵役待遇で辛くも戦場から遠ざかることの出来た“幸運な”彼が勤めだしたのは、何の偶然か西岐に新たな軍師が召し抱えられた、その年である。そして、俗に『丼村屋小町』と称される常連客が出入りしだしたのも、丁度この時期であった。
店員・常連客の間で評判の、マドンナの正体は誰にも知られていない。
……………。
「なんなんですか師叔!!いきなり!!」
こちらは、謎青年こと崑崙の泣く子も黙る天才道士楊ゼンである。
「店員の人も吃驚してたじゃないですか!?」
恋する男の直感で何となく気に食わない相手だったとはいえ、あの態度はないのではないか。傍若無人に見えて、意外と気配りの人である。
「ダアホ」
返されたのは、素っ気ない一言。
近寄り難い天才道士に対してここまで傍若無人になれるのは、人間界には唯一人(仙人界を含めても良いかもしれない)。
楊ゼンの袖を掴んで先導するのは、彼の現在の直属の上司たる、太公望その人であった。
ぴこぴこと揺らめく頭巾の耳が目印になるとはいえ、このような大路ではいつ見失うかと冷や冷やする。実際、仕事をサボっていた太公望を捕捉した筈が、何度も逃げられては見失うという経験を繰り返していたりする。
もしやアンマン購入を中断してまで自分を撒きたいのだろうか。
「あの、無理矢理連れ戻しに参った訳ではないのですよ?」
無反応。しかし喧噪に紛れて聞こえなかったのかもしれない。
それにしても、不本意ながら楊ゼンは財布を人質に握っている。自分の金銭を質というのも情けない話だが、楊ゼンにアンマンを奢らせる為には今彼を撒くのは得策ではない筈だ。
考えつつ、無意識に袖の中の財布に手が伸びた。
――が。
「………あ、あれ?」
楊ゼンが気の抜けた声を上げるのと、
「ふう、やっと追い付いたか」
太公望が通行人の間を縫うように足を速めつつ、独り言を呟いたのは同時であった。
「おい!そこのボウズ!!」
打って変わって大声で呼ばわりつつ、通行人の一人の肩を掴む。
「あ?なんだよテメェ」
胡散臭げに振り向いたのは、12、3。外見のみで言うなら太公望とさして変わらぬ程度の年頃の少年である。薄汚れた身なりに、眼光ばかりが鋭く光っている。微かに漂う異臭に、楊ゼンは眉を顰めた。
出来れば関わりたくない。
「ちょっと用事があってのう」
そんな楊ゼンの内心など知らぬげに、のほほんと太公望は少年に笑いかける。飄々とした態度とは裏腹、その手は逃がさぬようしっかりと少年の腕を掴んでいる。
「な、なんだよ」
じわじわと警戒心が込み上げてきたらしい少年が睨み付けるところを、
「ぼやぼや突っ立ってんじゃねぇよ!」
通行人の男が二人を突き飛ばしていく。
「なっ……!?」
楊ゼンが男の無礼に憤るのを目線だけで制しつつ、太公望は。
「確かに交通の邪魔ゆえ、そこの路地にでも行こうか?」
存外な力で、渋々従う少年を裏路地へと引きずり込んだ。
「で?なんなんだよ」
日の射さない薄暗い路地。大通りとは違いここまでは人も入り込んで来ないようで、通りはひっそりとしている。
不本意であろう、半ば無理矢理引きずり込まれてきた少年であったが。
粗雑とばかり見えていた薄汚い少年が、意外と狡猾そうな表情をするのに、楊ゼンは気付いた。
そういう表情をすると、どことなく面影が太公望に似通って見える。
「大した用事ではないが」
本家たる太公望は、しかし狡猾さの欠片も見出せない表情で向き直る。
「先刻おぬしのスった財布はわしのものだ。返して貰いたい」
天気の話でもするように、のほほんと告げられた内容に目を見張ったのは楊ゼンのみであった。
「……なんだよ、難癖つけようってのか?」
不貞不貞しく睨み据えるのを、柳に風とばかりに受け流す太公望である。
「そんなことは言わぬよ。ただ、あの財布がないとアンマンが買えぬのだ」
これは大事なことだぞ、と聞いても大抵の人間はそう思わないに違いない。
「仮に掏摸にあったのが本当だとしてもだ。あんだけ馬鹿みたいに人が歩いてる中、犯人が判るもんか」
案の定、馬鹿にするような笑みを、少年は浮かべた。
「それがのう。わしのピカイチの記憶力をもってすれば、先刻こやつにぶつかるついでに財布を掠め取って行った者の顔くらい、はっきりと判別出来るのだ」
「あ―――――っっ!あの時!!?」
楊ゼンの悲痛な叫びは、両者に無視された。
「はん、アンタの財布じゃないんだろーが」
「これが深い理由あってのう……」
お互い一歩も譲らない。
まじまじと、既に蚊帳の外に置かれた感のある楊ゼンはその二人を見比べる。先刻感じた類似のようなものは、今の二人からは感じられない。矢張り錯覚だったのか、と判断した。そうだ、もとより道士にして軍師でもある師叔と、掏摸の子供では比較する方が可笑しいというものだ。
生憎楊ゼンには、何時掏摸にあったのか判断出来ないし、ぶつかってきたのがこの少年かどうかも覚えていない。しかし、犯人かもしれないとの疑いを持つだけで好感の持ち様がなかった。
「大体!!俺がやったって証拠はあるのかよ!!」
「それがあるのだな」
にやりと、太公望は些か意地の悪い笑みを浮かべた。その手に掲げられている物に気付き、楊ゼンは仰天する。
「げっ……!何時の間に!?」
仰天したのは楊ゼンだけではなかった。
慌ててごそごそと懐を確認した後 、ばっと向き直る。今までとは格段に違う眼光を受けて、太公望は寧ろしたりといった表情。……喜んでいる。
掌の上で弄ぶようにしているのは、確かに楊ゼンの見慣れた財布であった。ちゃり……と擦れ合った小銭が固い音を立てている。
「おぬしに声を掛けた際に取り返させてもろうた。生憎と、掏摸の才能はわしの方が上だったようだのう!」
……嬉々としている。
逐一見ていた筈の楊ゼンにも視認出来なかった。確かにかなりの練達者と言える。
しかし、何処で覚えてきたんだ。ドコで。
「……くっそ!アンタだって同じ穴の狢じゃねぇか!!」
観念したと見える少年だが、吐き捨てるように言うのは忘れない。
「違うぞ。わしのは趣味だからのう」
反論する太公望だが、誉められた話ではない。
「金が入り用なら仕方のないことかもしれんが。せめて、スるなら後腐れない相手にせいよ」
諭すように少年に語り掛けるが、矢張り誉められた内容ではない。
「そっちのカモに、んな油断出来ねぇ連れがいるなんて思わないだろ、普通。
……役人に突き出すんじゃないのか?」
意外な成り行きに、却って少年は胡散臭そうに鼻を鳴らす。
「別に。それに、わしらにフクロにされるという発想はないのかのう?」
何処までも不真面目ぶった風を崩さない、そんな太公望の態度にようやく安心したのか、少年は笑みを浮かべた。ある意味同業者としての気安さが芽生えたのかもしれない……その発想に、楊ゼンは悟られぬ程度に唇を曲げる。
「ねーよ。だってアンタら弱っちそうだし!」
「………………」
「どわははは!た、確かにのう!!!」
憮然とする楊ゼン、大いにウケる太公望を残し、少年の方はひらりと身を返す。安心したとはいえ、長居はしたくないのだろう。
「何時までも笑ってんじゃねーよ!!」
怒ったように拳を振り回し、しかし最後には自分も笑いながら、少年は大通りの方へ駆け出す。その姿は人波に紛れ、やがて消えた。
「……成る程」
暫しの後。
最後までまともに認知して貰っていたか怪しい、『カモ』楊ゼンは一人ごちるように呟いた。
「そういう訳でしたか」
何時の間に笑い止んだのか、太公望は面白そうに、観察の眼差しで楊ゼンを眺めている。先程から頗る機嫌が良さそうだというのは、どうやら楊ゼンの思い違いではないようだ。
「そういう訳だよ」
言い様、宙に楊ゼンの財布を放り投げる。落下する寸前、ぱしっと片手で捕まえた。
「何で役人に引き渡さなかったんです?」
「ん?おぬし、弱っちそうだと言われたのがそんなに悔しかったのか?」
「……そういう訳じゃないですけど」
そっぽを向く、楊ゼンの頬はやや朱を帯びている。実のところ、太公望の指摘は図星と言えないこともない。
「ですが、軽犯罪とはいえ見逃すのは治安の面で問題がありませんか?ただでさえ今は戦の前で、人心の荒廃に留意しなければならない時期では……」
それを誤魔化すように滔々と述べるのを。
「………のう、あの者の姿を見て気付かなかったか?」
「え?」
「おそらく、朝歌から逃げてきた難民であろう。大方の者は職も見付け周に溶け込んでいるが、未だに浮浪者の如き生活をしている者もおる。ましてあの年だ、掏摸でもせねば生活の当てがないのだろうよ」
難民。
その言葉に、楊ゼンは目を見張る。
太公望との出会い。
楊ゼンは太公望の器を試す試験として、臨潼関で立ち往生している難民を無事に西岐へと送り届けることを課題とした。
結局は、迫真の演技で楊ゼンを騙した太公望が上手く誘導するような形で、関所の扉を開くことに成功した。太公望以外誰一人傷付くことなく。
その演技力、知謀に敬服したのも事実であるが、……それ以上に、我が身を犠牲にしてまで他人に心を砕く、その在り方に衝撃を受けた。そのことをして、楊ゼンは彼に膝を付いたのだ。
『キサマはそんんんつつつなにエライのか!!!』
激怒した表情。あれは楊ゼンを騙す為の演技だったと今では知っているが、確かに、あの時の楊ゼンは本当に民のことを考えていた訳ではなかった。そのことを指摘されたかのような気まずさが、未だに心の中に痼りとして残っている。
そして、現在も。自ら作成し、また目を通す文書の彼方此方に『難民』の問題は溢れていながらも、生身の現実として考えるのを放棄していた、その指摘を受けた……のではないだろうか。
「そ、そうですね……」
「国費で、義倉を造れれば良いのだが。……旦に打診してみるか」
楊ゼンの内心の動揺には気付かぬ体で、太公望は一人頷く。
真摯な双眸に、何故か心が痛む。
常に、弱者の痛みを我が痛みとする人であれば。
「………あの……」
「おおそうだ!早速アンマンを受け取りに行かねば!!」
楊ゼンの掛けようとした声は、打って変わって軽薄な響きにぶつかり、敢え無く滑り落ちる。
一つ息を吐いて、意識を入れ替えた。
「いいですけど、さっさと僕の財布を返してくださいよ」
「ふははは、拾得者、お礼に10割だ」
「何処にそんな法があるんです!!」
「たった今わしが作った!」
軽妙な遣り取りに、知らず笑いが漏れる。しかし財布は返して欲しい。
と、太公望が左手首を捻る。此方へ飛来してきた物を、頭の斜め前方で捕まえた。楊ゼンの手に馴染んだ布の感触は、確かに財布のものである。
「さてと。今日は長居が出来そうだのう」
「は?何でですか」
「お目付役の許可を貰ったことだしのう?」
『あの、無理矢理連れ戻しに参った訳ではないのですよ?』
「………げ」
自分が誤解した上での発言だ、と釈明してももう遅い。
確かに、連れ戻しに来たのではないが、早く戻って欲しいのも事実であるのだが。それに……。
しかし、そんな楊ゼンの腕をぽんぽん、と軽く叩くのは。
「まあ良いではないか。偶にはデートも?」
狡猾そうな、こちらの感情など見透かしたような笑み。
しかし、楊ゼンは気付いた。この狡猾な人は、あからさまにこんな表情を見せない。あの少年と重ならないのは、内に含まれている感情の所在が違うからなのだ。
「いいですね、それ」
「だろう?」
目配せをしてくる相手への滲むような愛情を感じながら。
楊ゼンは今日初めて、恋人に微笑み返した。
――結局。彼をここまで追いかけてくることになった、その理由の言葉は、今の時点では胸の中に仕舞い込まれたのである。
「―――――ぅあっっ!!」
自らの叫びで、楊ゼンは目を覚ました。
がばりと上体を起こし、何度も荒い息を吐く。
ぐっしょりと汗をかいていて気持ち悪い。額に貼り付く髪を掻き上げた。
何度か、同じような悪夢を見た。
要塞建設に赴いていた国境付近では見なかった。いつも、西岐城に設えられた自室の寝台の上である。何か呪詛でもかかっていないかと部屋を隈無く調べても、それらしき物は見付からない。
大した夢ではない。
魔家四将の、西岐を攻撃した際の夢である。他者に話せば、『天才道士も意外に臆病な』と一笑に付されるだけのことであろう。
大筋では現実と同じ途を辿るその夢の中で、しかし仲間の傷は現実以上であった。
或いは天化が四肢をばらばらに引きちぎられ、或いは雷震子とナタクが凄惨な殺し合いをする。
血溜まりに倒れる太公望を見た時は、あまりの恐怖に声を失った。
そんな楊ゼンを、残虐な妖怪の本性を露わにした魔家四将が口々に嗤う。
――血を、破壊を愛するのが妖怪ではないか、お前も同じ生き物な癖に、いくら潔癖な顔をしていようと知れたこと!
そんな妖怪を、楊ゼンは夢の中で何度も殺す。
何度も。
現実に、妖怪の原形を現した魔家四将を三尖刀の一振りで倒した時、脳裏を掠めたのは「もう、これで帰れない」という言葉だった。
何十年か前、『好奇心』を言い訳に生まれ故郷である筈の場所を訪れ、父であった筈の人に拒絶の言葉を叩き付けた。
自ら棄てた筈の場所に、愚かしくも未練が残っていたのか。
その考えは、悪夢より楊ゼンを慄然とさせる。
封神計画を進めていくことで、金鰲との対立は避けられないことは解っていた。そのことに、『人間』である楊ゼンは、何の呵責も感じなかった、……筈なのに。
そう言えば、何度も敵と対峙して、妖怪仙人に対してとどめとも言えるダメージを与えたのはあれが初めてだった。所詮、覚悟をつけたつもりでしかなかったのか。
そして、真のとどめを、敬愛する人に任せた。
綺麗事を言っても、汚れ仕事を押し付けたのだ。
楊ゼンは、手で顔を覆う。
無性に彼の人の温もりが懐かしい。
今すぐ、優しい手で触れて欲しかった。
しかしこの身の全てを投げ出して縋るには、楊ゼンは秘密が多過ぎる。
僕は、―――なんです。
昔何の折だったか、師匠が「人間は美しいものだよ」と教えてくれたことがある。
あれから、ずっと僕は『人間』に憧れてきた。
『人間』が美しいものなら、『妖怪』は穢いものなんだろうから。
呪いの言葉を吐きながら、濁った体液で地面を腐らせる瀕死の妖怪は醜かった。
僕は、あんなものになりたくない。
僕は、『人間』になりたい。
あの人のような、気高い人間に……。
金鰲島は、帰る場所ではない。
生まれながらにして異端であるこの身の住む世界は、何処にあるのだろうか?
「太公望師叔……」
掠れた、小さな呟きは。
助けを求めるかのような響きを伴って、夜の闇に消えた。
8666ゲッター様である黒羊さまのリクエスト作品、……なんですが。
まだリクを果たす段階までに行ってません、ガクリ(倒)。
リク内容の発表は最終話までお待ち下さい。……それまでには幾らなんでも果たせてるハズです(苦笑)。
いつもは、リク物は上下に分かれてても同時アップしてたのですが。今回は、なにせ(1)ですので……。最低でも全3話以上になるかな?といった感触(^^;
当てのない連載と違って、頭の中では出来てるのですが。しかしどうなることやら。
う〜ん、初長編に取り組むかのようなガッツ感には満ち溢れておりますです、はい(笑)。
ちょっぴりこの話には執念込めます(厭)。
……しかしオリキャラ多すぎだっつーの(-_-; 更に増える予定バリバリ。
そもそも丼村屋の張さんなんか、漫画で言うなら顔の切れ端が2、3コマ入ってる程度のチョイ役のハズなんですが(笑)。
あと、歴史上の人物はオリキャラに入るのか。今それが一番の難題です……。