―― さぁ 朝日が照らしだす 前  に ? 
 
ま だ 陽 は 昇 っ て い な か っ た
 
 
 
Non si levava ancor l'alba novella
 
 
 
 
略式の謁見室を兼ねた教主の宏壮な執務室は、計器類のバージョンアップ以外では建築されて以来一度も手を加えられていない。
リフォーム好きだった先の崑崙教主と違って新教主が無駄を善しとしない性質であるからだったが(材料の調達費からして馬鹿にならない)、そもそもが設計当時から主の好みに合致してデザインされた訳でもない。権威と機能性の妥協の果てに住めば都の境地が浮かび上がってきた、実に曖昧な空間ではある。
元の崑崙十二仙たる太乙真人が設計図に多くの線を引いたとなれば、様式は限りなく崑崙のそれに寄るのは仕方なく。重厚な天井を同じく重厚な柱が支える、ともすれば息苦しくもなりそうな重圧感を免れているのは蒼穹の色。
最小限にまで壁を廃した吹き曝しに近い側面は、飛行能力や霊獣に騎乗する面々の多い仙人界ならではの機能性を追求した、それなりに合理的な建築様式である。
天空に棲む頃と違い雲海を眼下に見下ろすとまではいかないが、それでも見晴らし良く、何処までも続く澄んだ晴天が眼前には広がっていた。
 
 
 
滅多にない正式な手続きを踏んだ招聘を受け、武吉と四不象のコンビはそれなりに緊張して教主との対面に臨んだ。
とはいえ想像したように二人の補佐役、特に教主本人より怖いと今以て言われ続けている燃燈道人の姿も見えず、
「やあ、元気にしてたかい?」
気さくに手を上げた教主の手招きで執務机のすぐ傍らまで近寄れば、余分な空間の持つ威圧感など微塵もない。
常と変わらぬ空気に安堵しつつ、ではあの物々しい通達は何であったのかと密かに一人と一頭、首を傾げている。
「こんにちは、僕に何のご用事でしょうか!」
目上に先んじて口を開く無礼を全く感じさせない、好意や敬意の率直に滲み出る武吉の居住まいと素直な伸びやかさは、彼の持つ得難い資質の一つであると皆に思われていた。
「本当に今更のことなんだけれど、疎かには出来なくてね」
ある程度形式に重きを置く燃燈と違って少年の態度を好ましく感じる楊ゼンは、穏やかに微笑んで旧来の交誼を表情に見せる。
「四不象も関係のないことじゃないから」
教主は次いで霊獣にも視線を合わせて慰撫し、不承不承といった雰囲気を漂わせていた四不象は、懐疑と信頼と複雑に入り交じった円い瞳で教主の真意を窺う。
「えーっ☆喜媚とスープーちゃんの仲人をしてくれるって話じゃないりっ!?」
不満気に声を張り上げたのは呼ばれもしないのにこの場に押し掛けてきた胡喜媚で、
「んな訳ないでしょうが、姉さま……」
柱の一つに凭れ頭痛を堪える風なのは、喜媚に引きずられてきたに違いない王貴人。意に染まぬ野次馬行為は彼女の誇りを大層傷付けているようであったが、義妹の葛藤にも頓着せず喜媚はぴったりと自称婚約者に寄り添っている。
衒いのない発言に元々相手を憎からず思うらしき四不象は頬を染め、持ち前の真っ直ぐさのお陰かゴールイン間近の微妙な雰囲気に当てられる気配もない武吉は、さて本題と楊ゼンへと眼差しを戻した。
予定外のギャラリーたる姉妹を気にして暫し言い淀む風で、しかし問題にはならないと判断した楊ゼンは改めて小さく咳払い一つする。
「実はね、武吉くんにはここの籍がないんだ」
――当たらずとも遠からずっぽい話題だった。と、少なくとも武吉と喜媚の二人は思ったらしい。
 
 
 
 
 
 
 
現在の仙人界において、武吉の立場はかなり微妙なものであるという。
かつての崑崙山の制度では仙界入りした道士はスカウトした洞府の名簿に登録され、各々組織からの独立性の高い師匠の下で本格的な修業に入る。
例外的にリスト漏れした仙骨所有者は天然道士として、その多くは自らの異能を自覚することなく市井に生きることとなるが、先の仙界大変革の折は天然道士すら戦力に数えての争乱が巻き起こった。
崑崙の仙道と結局は命運を共にした彼らも新仙人界の一員となる筈であったが、最年少の黄天祥が再編の五年後人間界へ下りることを選択し、現在は周の三代康王の下、武官の要職を歴任している。一族の宗家として祖廟を守るのは長兄の黄天禄であったが、対外的には天祥の一家が名門黄一族の統領として扱われているのだと、神界から報告が上がってきていた。
 
そして新たな仙人界ではスカウト制を廃止した。
今もって中国大陸を覆う封神フィールドあってのことで、仙骨を有していようとも常人として一生を終えた魂は、輪廻の道筋を辿ることなくフィールドに捕捉され、死後は神界の一員として迎え入れられるところとなる。
特に人間出身の仙道が生誕するには、始祖の因子を色濃く血脈に遺した家系に、強いエネルギーを持つ魂魄が偶然に宿るという二重の条件が必要となる。人間以外の出自を持つ妖怪仙人においても血縁の代わりに日月の気を受ける歳月が条件となるだけで、魂魄の重要性は同じく変わりない。
雲中子らを核とした研究調査団の提出した公式見解は以上のようなものであり、それを受けた首脳部は現状維持の方針を固めている。
封神計画時に転生を迎えていなかった魂魄、他の地域での転生を数代繰り返していた魂魄も、長い兎烏を網を張って待ち構えることで、やがて二千年もせぬ内に全てが言葉悪く言えば「回収」適うであろうと、そういった遠大なる計画であった。
これも人間界との接点を肉体を持たず欲望の濾過された「神」に限定し、過去に仙道が人間界に干渉することで起こった悲劇を二度と繰り返すまいとする、新仙人界の総意に則ったものである。云々。
 
 
「御託はいいから本題に入って欲しいっス」
理想に燃えた熱弁を一言でいなされ、瞬間楊ゼンは憮然とした表情を見せた。が、すぐに気を取り直して神妙な顔に切り替える。
「うん、そういう事情で、今の仙人界に天然道士は武吉くん一人だけなんだ」
そして新仙人界の戸籍は、崑崙・金鰲ともに前組織のものを引き継いで整備したもので。
「……申し訳ないと思っているよ。下手に個人的に親しかった所為で、盲点になっていた」
「いえ、楊ゼンさんはずっとお忙しかったんですから!僕は全然困ってないので大丈夫です!」
「それに何の問題があるっスか?」
発覚したなら、現状に沿って修正すれば良いだけではないか。
案の定解っていないらしい二人の様子に、楊ゼンは説明が遠回しすぎたかと反省した。これでも噛み砕いた説明を心懸けてるんだけど。くどくどしくても理解し辛いということには気付いていない生来の演説下手は内心首を捻った。
「だ、だからね」
埒が明かないと考えたのは正解だったが、その後が問題だった。いっそ唯々諾々と、仙界教主は不用意なまでにぽろりと本題を洩らした。
「……武吉くん、僕の弟子にならないかい?」



「「はぁ〜〜〜〜っ!?」」



当然ながら、この場の混乱は拡大した。
 
 
 
 
 
 
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書き初めは今年(2004)の11月末でしたが、2001年に「IN PARADISUM」書いてた時には既に脳内ではプロトタイプが出来てたという過去の遺物?的駄文。
当初の仮題は「You are my Sunsine」でしたが、東京エスムジカの「泥の花」に触発、混入の所為で微妙に中身からズレてきたのでタイトル変更。
しかし借りてきた癖に、モンテヴェルディの曲もタッソーの詞も、全く見聞きしたことのない私です(最低)。