「けれど時は君を忘れ そして君を許すだろう」
 
(……脚を持つ蛇とは、此れ如何に?)
 
 
 
 
「ああ、それは良い考えだと思うよ」
太乙真人は鷹揚に頷いた。よく考えれば画策して以来初めて肯定的な評価を貰った気がする……………………相手がこれか。
「あ、今なんか失礼なこと考えたでしょ」
「それも年の功ですか」
嫌味を笑って流されるその呼吸を、永らく会わずにいた相手でもないのに妙に懐かしく感じる。
まさか君からお茶に誘われるなんてね。天変地異の前触れか、その前に君の追っかけファンに私が殺される方が先かな。相変わらず人を食ったような言動は普段通りであるのに。
「君の手が離せない時は私が指導してもいいよ。武吉くんは飲み込みがいいし何をやらせてもセンスがあるから、内丹もすんなり覚えるんじゃないかな」
願ってもない申し出だったが、それを期待して自分に不名誉な今回の顛末を話したと言えなくもない。楊ゼンの下心など見通しての提案だろうし、先方から言い出した以上は礼を言う必要なしと考えていることも見抜かれているから、黙って頷くに留めておく。
「今でも無意識に気の流れをコントロールしてるんだろうね。天然道士とはいえ、天祥くんに孫が生まれようかって時に、まだ二十前にしか見えないんだから」
にこにこと何故か誇らしやかに、太乙は足を組み直して深く腰掛けた。
「あの子も良い弟子を見付けたもんだね。あの子の基礎は殆ど私が教えたんだし、師弟揃ってというのも縁だろうねぇ」
「……あの人のことを、まだ『太公望』として認識してるんですね」
「みんながそうだろう?君一人が違うとすれば、それは君だけが彼のことを深く理解しようとしているからさ」
どう反応すれば良いのか判らず沈黙すれば、それもお見通しとばかりに肩を竦められた。さらりと、黒衣の肩に同色の髪が滑る。
「まあ、私も違うと言えば違う。私が知ってるのは『呂望』だから」
正面から告げられたのは初めてかもしれない。今更、かつての己のことすらどうでもよくなるような時間を経て、そんな名はもう誰も覚えていないような。
「あの子はずっと父親のような愛情を求めていたのに、私は猫の仔を扱うような愛し方しか知らなかった。それが我ながら心残りでね」
勝ち誇ったように、流し目が送られた。
「男はね、肌を重ねた相手をなかなか忘れられないものだよ」
 
どンッッ
空気の圧縮音。
 
 
瞬間。 頭が真っ白になって。
その時に過ぎった
腹の底から迫り上がる熱いものの正体も判らないまま、

体だけが馴染んだ行動を起こす。
 
 
「―――久しぶりだね、そんな眼で睨まれるのは」
顔の至近で突き付けられた三尖刀を全く無視して、太乙真人は懐かしそうに微笑った。
「その方が君らしいと思うよ、私はね」
「…………………………」
今し方の殺気すら理解出来ないまま、己の混乱を自覚しつつ楊ゼンは構えを解いた。
手入れ以外では触ることもなくなっていた宝貝に視線を転じ、大きく溜息を吐いてそれを袖口に仕舞う。
慌てて乱れた長髪を手櫛で整える仙界教主は、対処に困った途方に暮れた様子をしている。今度は声を出して黒衣の仙人は笑った。
光彩が同じというだけでなく、かつての親代わりと同じ色をそこに認めた楊ゼンは狼狽した。この仙人を、馬鹿にするだけでなくずっと苦手としていた理由の一端を思い出す。
「よく考えるといいよ。私達は時間だけならたっぷり持っているんだから。
すぐに出す結論もゆっくりと時間をかけて出す結論も、価値の点では等価なんだからね」
 
何事もなかったようにカップを持ち上げ、鼻歌混じりの仙人は予言者のように告げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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……蛇足の筈が物凄い書きやすかった…(笑)。
楊太人というか太乙スキーにはこの辺の落としドコロがやっぱり楽だというか。
これを入れようとした所為で、元々分割する気のなかった一連を三分する羽目に陥ったと言えなくもない。

具体的にシリーズ終了から何年後を想定してるかと言えば50年くらい?てなイメージですが(それで武吉くんハタチて)、敢えてはっきりとした年数はぼかしてます。
周王の在世年数に関しても諸説あるんですが、大体古典的には『帝王世紀』の成王37(内、旦の摂政時期7)年間、康王26年間というのがオーソドックスな数字なので(最近の論文見ればそりゃもう千差万別ですが)、一応そのくらいを目安と考えて頂ければ。
とはいえ成王の在世を丁山的に19年と思ったり陳夢家的に20年と思っても個人の勝手なので、やっぱりよく解らない的オチで(笑)。なにせ歴史の道標はなくなったのだから!(全ての免罪符発動)