今週捲ったばかりのカレンダーはいかにも秋らしい絵柄で、現実との落差にちょっとだけ驚いてしまった。
じりじり灼けつく陽射しも火照って仕方ない肌も今が夏だと力一杯断言してて、地球が温暖化してるんだから夏休みもその分だけ延長すればいいのになんて、勉強嫌いの俺なんかは思ってしまう。だって、暑くて勉強どころじゃなくなるから学校が休みになるんだよね?
そんなことを思ったのは、獄寺君の長めの髪が鬱陶しそうだったからだ。俺の勝手な心配じゃなくて、本人も時折苛立たし気に頭を振ったり髪を掻き上げたりしてるから、やっぱり首元が鬱陶しいんだと思う。いっそ括ればいいのに、ワックスで毛先を跳ねさせた髪型には、お洒落に気を遣う彼なりの拘りがあるらしい。
新学期が始まったばかりの休み時間の教室は、まだ皆が夏休み気分を引き摺ったままで、でも夏の素晴らしい体験を吹聴する奴の自慢話にはうんざりしてきてる、そんな中途半端な頃合い。俺も毎日制服を着て毎日決まった時間に登校する生活にそろそろ体が慣れてきたところ。暑いものは暑いけど。
「ねえ、獄寺君」
「はい!あっちーですよね!」
こっちが訊ねてもいないことまで返事する獄寺君は、彼の脳内に存在するバーチャル俺と会話してる可能性が高い。
「うん、だよねー」
まあ、今のはあながち間違ってもなかったから、普通に頷いておく。獄寺君との意思の疎通は相変わらず難しいけど、結構彼とのコミュニケーションにも慣れてきたんだよね、うん。
「ったく、クーラーくらい入れろってんですよね、融通の利かねぇ先公どもです。あ!俺がひとっ走り職員室に行って脅し付けてきましょうか!?」
「いっ!?いいから!大丈夫だよ!!」
……油断するとすぐに暴走するのも確かだから、いつまで経ってもハラハラさせられるのはもうどう仕様もない。
「じゃなくてあのさ、今度の日曜なんだけど」
「はい?……あ!」
獄寺君の友達をする、或いはリボーン達の認識に従えば獄寺君を部下として従えるってことは、腕の中にいつ爆発するか判らない爆弾の束を抱えることに似ている、と最近とみに思う。
「十代目ぇ……!!」
獄寺君は俺の言いたいことを理解してくれたらしい。ぱあっと、今まで不機嫌そうにしてたのが一転、本日快晴!みたいなことになっている。何だか正面から直視するのが眩しくて、俺はちょっとだけ目を逸らす。
校庭に面した、南向きの窓が開いている。誰かが暑さに耐え兼ねたんだろうけど、はっきり言って換気以上の意味はない。日除けのカーテンはぴくりとも動いていない。
「どーする?休日だから一日使えるけど、何か欲しい物とかして貰いたいこととか……」
あー…、こんな言い方は良くないかな。
「そんな、勿体ないお言葉……!!」
やっぱり、こんな改まった切り出し方だと獄寺君は遠慮する。彼は俺のこと友達じゃなくてボスだと思ってるから。
「じゃあさ、みんなを呼んで……」
「ぜってー嫌です」
「だよねえ……」
遠慮する割に、意に添わないものは梃子でも嫌と主張するのが獄寺君の面白いところだ。予想通りの答えが返ってきて俺は苦笑い。
「今週末は何する予定だったの?」
「十代目さえ宜しければお宅に伺うつもりだったんスけど…あ!別に催促するとかじゃなくてですね!!」
頭に血が上っちゃってる所為か、ますます暑そうだ。ふと思い立って、下敷きを団扇代わりに獄寺君を扇いでみる。半透明のプラスチック板は、見た目もなんだか涼しげな気がする。
「………!!」
目を剥いて、獄寺君は俺から下敷きを取り上げるんじゃないかなーと漠然と思っていた。
けど、想像に反して獄寺君は口をへの字に曲げ、何も言わずに俺の席から走り去った。ぽかんと口を開けてその背中を見守っていたら、またすぐに走って戻ってくる、その手には俺と同じようなプラスチック下敷きが握られている。
「あの、……十代目、」
方々に跳ねまくってる俺の髪が、人工の風を受けてそよそよと揺らめいた。俺が獄寺君を扇いで、獄寺君が俺を扇ぐという変テコな状況になっている。……なんだろ、これ。
「なに?」
最近の獄寺君はちょっと変わった、と思う。
「あの、あのですね、観たい映画があるんですけど。ぜぜぜ是非!ご、ご一緒して、頂けませんか……!?」
「うん、いーよ」
「〜〜〜っ!!」
俺が頷くと、何だか可哀想なくらい緊張して吃りまくっていた獄寺君は、やっぱり大袈裟なくらいそれを喜んだ。声にならない歓声、みたいな。
ぶるぶると震える手が下敷きを握り締め、そこで手が止まっていたことに気付いた獄寺君は再び猛然と俺を扇ぎ始める。お礼って訳じゃないんだろうけど。机の上に出しっ放しにしてたノートが捲れ上がるくらいの旋風が、彼の手によって生み出される。涼しい。
七夕の時みたいに、俺を右腕に選んで下さい!とか言われないことに俺は安堵した。けど、獄寺君がそう言わないだろうことも何となく察していたので、大きな驚きもなかった。
「嬉しいです!ホントいいんですか?」
「うんうん」
「野球馬鹿とかアホ女とか…とにかく誰も誘わないで下さいね!」
「わかったから」
最近の獄寺君はなんだか変だ。
努力している気がする、いや、昔から彼が努力しまくっているのは知ってるけど、その方向性がちょっと変わったというか。
「よぉ、何か良いことあったのか?」
「うっせー野球馬鹿!何もねえよ、あっち行け!!」
「ははは……」
黒板消しを終えて俺の席まで顔を出した日直当番の山本に、早速獄寺君が噛み付いている。新学期も変わらない、まったく普段通りの光景だ。
扇ぐついでに山本の方にも風を送ると、気付いたのか目を少し細めて、気持ち良さそうにしてくれる。うん、友達って普通こんなかんじだよねえ。
約束を取り付けながら、二人とも誕生日という語を口にしないのは意識的で、スパイごっこみたいな秘密の共有が無性に楽しかった。
獄寺君に負けないくらい、俺もちょっと変だ。