――九月九日、その当日。
 
珍しくもリボーンに叩き起こされる前に起床すれば、窓の外は目の覚めるような晴天だった。天気が良いのは歓迎だけど、冷房を消して寝てた所為で矢鱈と暑い。寝苦しくて、つい起きてしまったというのが真相だ。
映画館の中って吃驚するくらい冷房が効いてることが多いから、いつもより少し秋らしい服装をしようと昨夜の時点では思ってたんだけど、今現在の暑さの前ではそんな気も簡単に失せる。結局、この夏買ったばかりのTシャツにチェック柄の膝丈パンツという、あんまり普段と代わり映えのしない格好に落ち着いた。
顔を洗って食卓に着けば、俺の分の目玉焼きを作りながら母さんが
「絶好のデート日和ね!」
自分が出掛けるみたいな弾んだ声で言ってきた。ていうかデートじゃないし。母さんは時々言葉の使い方がおかしい。
「晩飯までには必ず帰るんだぞ」
向かいの席で新聞を読みながら(行儀が悪いなぁ)、リボーンも頑固親父みたいなことを言い出す。まあウチは父さんいないから、もしいたらこんなかんじかなぁって想像だけど。
「何でだよ、いつもはお前そんなこと言わないだろ」
「今日は獄寺と二人だからな。家庭教師として、俺には生徒の素行を監督する義務があるんだ」
「はぁ?」
紙面からは目を離さないままで、リボーンは訳の解らないことを主張する。皆で遊びに行く時はそんな妙な説教したりしないのに、獄寺君のことを信用してないってこと?
「確かに獄寺君不良っぽいけどさぁ、あれで意外に真面目だし、俺を危険なトコに連れてったりしないよ。お前だって知ってるじゃん」
「獄寺君、良い子よねー。母さん大好きだわ
俺の主張に同意しつつ、母さんがトーストと目玉焼きを運んできたので、フェミニストなイタリア男はそれ以上難癖を付けるのを止めたらしかった。
勝利感の一方で、言い逃げされたようなモヤモヤもある。俺が睨んだのはあいつも察してるだろうに、新聞紙をバリケードに視線を阻んでリボーンは知らんぷりだ。ムカつく。
友達を悪く言われて、俺が嫌な気分になるって解らない奴じゃないのに。普段は部下を大事にしろとか釣った魚に餌をやれとか煩いのに、この家庭教師は変なところで頭ごなしなんだ。
朝食を食べ終わって暫くすると、獄寺君が登校する時みたいに玄関先まで迎えに来てくれた。
珍しく見送りに出たリボーンが、晩ご飯の時間までに俺を家まで送り届けるよう獄寺君にまで念を押していて、あいつやっぱり納得してなかったんだ!俺は猛烈に腹が立った。けど、獄寺君は怒るでもなく神妙に頷いていて、ああもう。
行ってきますも言わずに家を出た膨れっ面の俺を心配して、肩を並べた獄寺君は道中何度も顔を覗き込んできた。
彼の誕生日なのに、逆に気を遣わせてどーすんだよ俺……。
自己嫌悪で、俺はますます落ち込んでしまう。
 
 
 
獄寺君からは具体的に何の映画を観るとか聞いてなかった、けど、俺は当然のように並盛から何駅か先にある大きな町の映画館へ行くものだと思い込んでいた。
中学生のお小遣いには限りがある。映画館までロードショーを観に行くことは少なくて、観たい映画はビデオレンタルで済ませることが多いんだけど、どうしても映画館で観たいって時は電車に揺られて繁華街まで出ていくことになる。
俺が小さい頃は、隣町にあったレジャー施設の映画館に歩いて行けたんだけど、黒曜の施設は土砂崩れの所為で数年前に廃業してしまった。不便になったけど仕方がない。
俺の予想を裏付けるように、獄寺君はやっぱり駅の方に向かって歩いていた。
「ねえ、今日は何観るつもりなの?」
「それは着いてからのお楽しみでっす!」
俺の顔色を窺うのを止めて以来、獄寺君はずっと浮かれ調子だ。まあ元々テンション高い人だけど、普段目にする彼は俺相手に目尻を下げるのと山本を睨むので半々って感じだから、表情筋がずっと弛みっ放しの獄寺君は今にも顔面がでろりと溶けちゃいそうでハラハラする。
ていうか……男にウインクされてもなぁ……。
気障な仕草も似合わない訳じゃないのが、獄寺君の厄介さだ。やっぱイタリア人の血が入ってるからかな。黒いTシャツの上に派手なアロハシャツを着て、下はヴィンテージ物っぽいデニムにごついベルト。腕や首に何重にもシルバーアクセサリーを巻いて、休日の獄寺君は制服の時以上にお洒落で格好良い。でれんとした顔が少し…かなり台無しにしてるけど。
今日は獄寺君のしたいことに付き合うって割り切ってるから、実のところ観る映画は何でも構わなかった。ただ、獄寺君はどんなのが観たいんだろうとか、頭の中で想像を巡らすのは結構楽しい。やっぱりマフィア物とか、スリリングなアクション映画が好きなのかな。
「ヒントもないの?」
「もうすぐ着きますから……」
と獄寺君の言う目的地を、相変わらず俺は駅のことだと決め付けていたんだけど。
「あ、ここです!」
結論を言えば、俺の先入観は間違っていた。
「こ、ここ……!?」
獄寺君が足を止めたのは駅前商店街の一角で、彼が指差したのは日頃から俺が何の施設か解んないと首を傾げてた建物だった。
自転車屋とおばさん向けの衣料品店に挟まれた、古ぼけたコンクリートの建物には、よく見ると何とかキネマ、とか看板が架かっている。文字の色が殆んど剥げてたから、今までは全然気付かなかった。
どう考えても、ここが獄寺君の目的地で間違いないみたいだった。
 
 
 
 
 
 ← Allora. → 



中途半端な所で時間切れ。続きます。