獄寺君が散々泣いて俺がおろおろしてる間に、犬はとうとう少年との再会を果たした。そしたら泣き止みそうになっていた獄寺君が再び激しく泣き始めて、俺はかなり精神的に疲弊した。
館内が明るくなってから、俺はもう一度自動販売機で缶ジュースを買ってきて、獄寺君の赤く腫れた目元に冷えた表面を押し当てた。
「申し訳、ありません……」
「いいよいいよ、気にしないで」
泣き疲れてぐったりしている獄寺君は、どことなく可愛い。俺がくすくす笑うと困ったように眉尻を下げる、そんな表情も可笑しいばっかりだ。
獄寺君が落ち着いてから、映画館を後にした。次の時間に上映される違う映画は、獄寺君も俺もあんまり興味を引かれなかったから。
帰り道で獄寺君が説明するには、あの映画に出ていた女の子が後年の有名な大女優らしくて、彼女の出演映画の特集という形であの作品も上映していたらしい。獄寺君は商店街を歩いてて、偶々上映スケジュールの貼り紙が目に留まったのだとか。
「そういえばさ、あの話って一昨年の冬にも映画になってたよ」
「え!知らなかったです」
その頃は獄寺君、まだイタリアで暮らしてたんだよなぁ。きっとイタリアでも公開されてたんだろうけど、マフィアの“悪童”だった彼は映画どころじゃなかったのかもしれない。……突っ込んで尋ねるのは何だか怖い。
「もうDVDになってる筈だし、借りてきてウチか獄寺君ちで一緒に観ない?」
「いいですね、そんなら是非俺んトコへどうぞ!」
尋ねる代わりに提案した俺に、獄寺君は影一つ見当たらない、いつもの笑顔で賛同してくれる。
リボーンに言われた夕飯時までには大分時間があったし、それから本当にレンタルショップでDVDを借りてきて(今度はちゃんと俺が代金を払った)、獄寺君のマンションの部屋で二人だけの上映会を開いた。改めて「おめでとう」って言ったりして。
二人並んで座ったソファは映画館のものより柔らかで、映画自体もカラーで自然の風景は美しく、だけど内容はほぼ同じだった。当然だけど。
俺は獄寺君相手に、新しい映画のコリーは場面ごとに毛の模様が違うと主張したり、白黒映画のも含めてどの犬が一番可愛いか話し合ったり、何だかんだで今日二度目の鑑賞会を楽しんだ。部屋だと他の人の迷惑を考えなくていいから、その場で好きに意見を言えるのがいいよね。
獄寺君は、やっぱり同じ、犬が足を骨折して、それでも主の元へ帰ろうと必死で前へ進むエピソードの部分で泣いた。流石に一度目よりも控え目な泣き方で、俺もつられてホロリときてしまった。
画面じゃなくこちらを向いて、俺の肩を両手で掴んだ獄寺君は何度も
「俺も必ず帰ってきます、いえ、絶対に離れません……!」
自分自身に言い聞かせるように繰り返していて、俺は彼が涙を零す真の理由を知った。
確かに、獄寺君の様子が少し変になったのは、先月末に突然彼がイタリアに帰ると言い出して、その翌日また唐突に行くのは止めたと言い出した、その時以来だ。
あれ以来、俺もおかしい。俺の生活から獄寺君がいなくなるということを一度リアルに考えてしまった所為なのか、夏の暑さに辟易しつつも何だか薄ら寒い気分になることが増えた。
「絶対……?」
俺からも手を伸ばしてしまったのは、家―ファミリー―の都合で引き離される、その不安が獄寺君から伝染した所為だ。そうに違いない。
「俺は一生離れません、あなたのお傍に」
「獄寺君……」
肩を掴む手が少し弛んだかと思いきや、そのまま大きな両手が俺の肩から腕のラインを確かめるようになぞり、そしておもむろに背中へと回された。
今やテレビの画面ではなく、相手の表情に嘘が見当たらないか探る為に、俺達は互いから目が離せなくなっている。
「十代目……」
常から獄寺君の声には切迫したような響きがあるけど、今のこれはいっそ苦しそうに聞こえた。理由は解らないけれど、俺の存在が彼を苦しめている。だけど俺だって苦しい。
引き寄せられるままに、俺はゆっくりと獄寺君の肩に頭を預けた。すんと鼻を鳴らして、俺の方が犬になったような気分になる。髪に染み付いた煙草の匂いと、ほんの少しの汗のにおい。
そのままぎゅうと痛いくらいに抱き込まれ、そして体重を掛けられた俺は獄寺君と折り重なったままソファに仰向けに倒れ込み……。
ぼすん、俺の後頭部がクッションに受け止められたのと。
ズガン!
決して聞き慣れたくなどなかった銃声が部屋に轟いたのは同時だった。あーこれはライフル…とか判る自分が非常に嫌だ。
俺に覆い被さっていた獄寺君は、ワンテンポ遅れてがばりと跳ね起きた。後頭部を押さえる彼は、よく見れば髪の一房が短く千切れている。ベランダに通じる窓にはお馴染みの(馴染みたくなかった!)蜘蛛の巣状の亀裂。
「……リボーンの奴……」
「すすすすみませんほんの出来心で!決して疾しいことなど……うおおお恐れ多い!!」
声の届かない距離から部屋の内部を監視しているだろうリボーンに向かい、必死で釈明しようとしてる獄寺君は明らかに錯乱している。ていうかさ、情緒不安定になって大型犬みたいに甘えてきてただけじゃん。危害加えられてたんじゃあるまいし、発砲すんのはやりすぎだって、あいつ。
溜息を吐く俺の脳裏で、鬼より怖い家庭教師が「生徒の素行を監督するのも俺の義務だぞ」と主張している。我ながら意味の解んない想像だ。
〈完〉
繰り返しますが、管理人は○ッシー43年モノどころか2005年バージョンすら観たことありません…(-_-;;)
沢田君が最近薄ら寒い気分になってるのは、某脱獄犯ボーイズが黒曜町に潜伏し始めたのが原因だってオチは駄目ですか?(獄寺<超直感)