そんな雲行きになったのは、一昨日のハルの誕生日が発端だった。
リボーン(と、ついでにツナ)の誕生日を皆に祝って貰って以来、仲間内での誕生日はちょっとした物を手渡したり、ささやかな催しを開いたりするのが不文律になっている。リボーンのイベント好きに感化されたか元からの気質か、ツナの友人達は揃いも揃ったお祭り好きで、騒々しいことが嫌いだった筈のツナとて皆と騒ぐ時間が楽しくてならない一人だった。中学に入るまで誕生日を祝うような友達と無縁だったこともあって、少ない小遣いと相談しながらプレゼントに頭を悩ませるだけのことが、無性に面映ゆく、嬉しくて仕方ない。
今年のハルの誕生日は、彼女からのたっての希望で二人ケーキ屋へと赴いた。並盛で最もショートケーキが美味だとハルの太鼓判を押す、その店の喫茶コーナーに通された二人は、丸いテーブルに向かい合わせに腰掛けた。白いレースで縁取りされたクロス、卓上に一輪飾られた薄ピンク色した薔薇の蕾。如何にも女性が好みそうな上品かつ甘ったるい雰囲気の内装は、普段ツナが出入りするようなファーストフードの店とは明らかに異質な空気を醸し出していて、慣れないツナは妙に緊張してしまう。
単に好物のケーキを奢るだけのつもりだったツナが、あれ、これってデートみたいじゃない?と気付いたのもその時だった。かなり鈍いと言わざるを得ない。
早速運ばれてきた一つ目のケーキを至福の表情で頬張りながら、しかし日頃からツナさんの未来の妻!を主張するハルには珍しく、その日の彼女は一言もそれらしき台詞を口にしなかった。彼女自身が他意を持っていなかったからか、或いは女の子は奥深い生き物らしいから(と大人ランボが言っていた)、ツナの戸惑いを承知した上で、ハルは気を遣ってくれていたのかもしれない。
ツナも相伴に与ったケーキは、確かにそれはもう美味しかった。尤も、今日はハル感謝デーのスペシャル版だと主張して、みるみる内に五つも平らげたハルの真似は到底出来そうにないが。フォークを忙しく動かしつつ、何処にそんな余裕があるのか、ハルはお喋りにも熱心に口を動かした。次に誕生日が来るのはランボなのかな、ツナの言葉に首を振り、いえいえその前にと彼女が挙げたのは思いも寄らない名前だった。
「……雲雀さん?」
「しかも明後日なんですよー、子供の日」
「こ、子供の日……」
よりによってか!ツナの無言のツッコミを読み取ってか、うんうんと頷いてハルは眉間に皺を寄せた。インタビューの時に、他のプロフィールは煙に巻くばかりで教えてくれなかったにも関わらず、誕生日だけは素直に白状したのだという。雲雀さんのことだから、本当に他のプロフィールは覚えてなかったんだろうなあ…とツナは確信したが、ハルに納得して貰えるか心許なかったので、その件に関しては口を噤むことにする。
「血液型も教えてくれなかったんですよー!知らない筈ないのに!」
「いや、まあ、知らない人もいるんじゃないかな……?」
「えー!だったら血液型占い出来ないじゃないですか!相性とかどうやって知るんです!?」
そんなの俺も知らねえよ!と口にするのは、賢明にも思い止まった。占いを気にしたりするところは、ハルもかなり女の子らしい趣味をしている。獄寺君の星座と血液型教えなさいよダメツナ!と迫ってきたクラスの女子を思い出しながら、ツナは少々遠い目になった。
「これで血液型までBだったらハルと殆ど一緒じゃないですかー。ああ嫌だ嫌だ。でもハルの勘ではあの人B型っぽいんですよねー…」
「B型ぽい性格なんてあるの?」
「勿論ありますよー!」
鼻息荒くハルは力説した。彼女らしいテンションの高さに仰け反りつつも、店に入って以来の緊張が薄れたのは有難い。少々場所が変わろうとも、自分達の関係が変化する訳ではないのだから。
「B型は良く言えば個性的で研究者気質、悪く言えば気紛れで思い込みが激しいんです」
「ああ、……ナルホド……」
ツナは身近にいるB型人間、即ち獄寺とハルを頭に浮かべ、激しく納得した。子供騙しと内心馬鹿にしていたが、血液型占いもなかなか捨てたものではないかもしれない。
「ハルは常識人だからB型は変人って言われるの好きじゃないんですけど、実際ハル以外のB型の人って変人が多いんですよねー。獄寺さんとか獄寺さんとか獄寺さんとか!」
「あは、は……」
自分のことは棚上げかよ!生クリームを口の端に付けたまま真剣に唸るハルから目を逸らし、リラックスし過ぎたツナは脱力感すら覚えてきた。ツナの破格の友人達は皆が皆、自分だけは常識人だと思い込んでいる節がある。
それはそうとして、翌々日が雲雀の誕生日だというのは盲点だった。雲雀恭弥はツナの友人ではない。学年も恐らく一つ上で(しかしあの先輩が並中を卒業する姿が想像出来ない)、何組に在籍しているかも知らない、その程度の付き合いである。改造トンファーを振り回し、誰彼構わず乱打する生ける学校の怪談じみたその先輩は、しがない一生徒である筈のツナと何故だか奇妙に縁があるのだった。
リボーンがツナのファミリー候補として、虎視眈眈と勧誘の機会を狙っているから、でもある。ただでさえマフィアのボスなど勘弁願いたいツナにとっては非常に余計なお世話だ。ツナの知らないところでも彼ら自身の間に何らかの交流があるらしいが、あの中身ばかりはニヒルな家庭教師が事細かに自己の動向を教えてくれる筈もない。
でもなあ……。
細い吐息が、ティーカップの表面に漣を生み出した。砂糖を一杯入れただけの紅茶は普段飲むペットボトルのそれと違い、控えめな甘さがケーキの味とよく馴染む。水面に浮かぶ自分の顔は相変わらず薄ぼんやりとしていて、少々うんざり気味の表情にも見えた。
関わりたくない。本音では全く以て関わりたくなどないが、知ってしまったからには無視してしまうのも気が咎める。それでなくともこの春は、花見を邪魔したり風紀委員入りを断ったりと、色々迷惑を掛けていることだし。……その分ツナも思い切りボコられまくっているが。
破滅思考に囚われつつあるツナを余所に、対面のハルの元には八個目のケーキが運ばれてきたところだった。女の子とは、確かに深遠な存在であるらしい。主に胃袋の仕組みについて。
 
 
 
 
 
Allora. → 


……と、実はここまで長すぎる前フリ(どっかで聞いたようなフレーズ)。
ていうかハルハルインタビューの時期をずらしでもしない限り、インタビュー後の5/5ってツナさん中三、つまり雲雀さん卒業後になっちゃう気がしますよ……。