――五月五日、その当日。
 
雲雀の誕生日を祝いたいと言い出したことに対して何のコメントも差し挟まず、家庭教師はGWの予定どころか自宅の場所すら知らなかったツナへ「あいつならどうせ学校にいるだろ」と、雲雀の居場所だけを教えてくれた。
ファミリーゲットだのボスの自覚に目覚めただの、もっと喧しく口出ししてくるだろうと予想していたツナは拍子抜けしたが、リボーンのことだから素っ気ない態度の裏でまた何か企んでいるに違いない。疑心暗鬼且つノイローゼ気味の思考だが、冷酷非情な家庭教師のこと、今までの経験から推算すればそうも的を外していない気がする。
屠所の羊の如き悲愴な形相で、ツナは応接室と書かれたプレートを見上げた。とうとう此処まで来てしまった。休校日なんだから校門が閉まってたら帰ろう、誰かに見咎められたら帰ろう、限りなく後向きな決意と期待を裏切って道程は順風満帆で、普段のダメダメ人生はどこ行ったんだよ!本日限定のタイミングの良さに泣きたくなってきた。
休日にも関わらずしっかりと制服を着込んできたツナは、白い箱の把手を渾身の力で握り締めている。身じろぎする度に、中ではケーキの銀紙がガサゴソと音を立てる。
雲雀が好みそうな物など全く見当が付かなかったので、誕生日といえばケーキだろ、くらいの安直な発想で買ってきたものだ。一昨日ハルと行ったケーキ屋のショートケーキを一つ。味は折り紙付きだから、不味いと殴られることはないだろう。いや、その前に食べて貰えるかが問題だ……。
廊下を行きつ戻りつ、十分近くうろうろと逡巡した挙句、ツナは覚悟を決めて応接室の扉をノックした。この間も廊下を通りかかる第三者は皆無であった。いくら休校日とはいえ、幸運を通り越して呪われている気がしてきた。
 
「あの、失礼しま……ギャーー!?」
扉に縋り付くような格好で室内を覗き込んだツナは、そのまま恐怖に凍り付いた。幾対もの視線が不躾な闖入者、つまり自分に注がれている。
応接室は真っ黒だった。いや、語弊がないように言えば、別に昼日中からカーテンが閉じられているとか、家具調度が黒色で統一されているとかではない。中に集う人間が黒一色なのだ。
二十…よりも少し多いか、二十数人の不良達が壁添いに整列している。風紀のほぼ総員が集合しているのだろう(ツナは知らないが、残りの委員四人は雲雀の機嫌を損ねて入院中だった)。中学生にしては体格も立派で強面揃い、おまけに黒い学ランにリーゼントで統一された集団は何処か軍隊じみた印象で、無言で佇立する姿には異様な迫力がある。
なっ……物音とか全然しなかったんだけど!?
もっとこう、人が大勢いる空間特有の騒めきとか、気配くらいは扉越しにも感じ取れそうなものだが。考えてみれば此処は風紀委員会の牙城。委員が居ても不自然ではないのだが、臆病なツナにはショッキング過ぎる光景だった。リーゼントの黒光りが、蛾よりも嫌いなあの昆虫、ゴ○ブリに似ている……。
扉に縋り付いたまま卒倒しそうになったツナの意識を掬い上げたのは、
「君、何しに来たの」
沈黙を破り、凛と響く声だった。ツナの目当ての人、荒くれ揃いの委員達を束ねる恐怖の代名詞、泣く子も失神する雲雀恭弥。
当然のような顔をして自分一人だけ部屋の中央の応接ソファに腰掛け、悠々と脚を組んでいる。
「あ、あの、お誕生日おめでとうございます……」
微妙に返事になっていない応えを返したが、用件は充分通じたらしい。
「ふうん、貢ぎ物を持って挨拶に来たって訳?なかなか殊勝な心がけだね」
「は、はあ……」
「ちょうど今、委員会で誕生会を開いていたところなんだ」
「これが!?」
反射的にいつもの調子でツッコミを入れるが、相手は並中の暴君。トンファーが唸りを上げる様を想像したツナは蒼白になる。
「まあいいや、君も招待してあげる」
が、ツナの怯えを余所に、雲雀の方は気を悪くした風でもない。鷹揚というよりも、草食動物の台詞など一々気に留めていないのだろう、多分。
草壁、と顔も向けぬままの指示に、一際風格のある(言い換えればおっさん顔の)委員が素早く反応した。すっと無駄のない動きで黒い人壁から離脱すると、具体的に何を指示された訳でもないのに扉口まで歩み寄っていく。意外に慎重な手つきでケーキの箱を受け取ると、ツナの肩を押して完全に室内に入らせ、そのままドアを閉めてしまった。
「委員長のお招きだ」
「えぇ!そんな、俺はこれで失礼させて……」
「並中生に委員長への抗命権は存在しない」
これも名は体を表すというのだろうか、何故か口に雑草を啣えた草壁に見下ろされツナは悟った。とんでもない所に来てしまった。
「ひぃいいぃーー!!」
 
 
 
 
 
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