なんだこれ。
みーどーりーたなーびくーー
ケーキに蝋燭を灯して、ツナの常識ではここは普通「ハッピバースデートゥーユー」の場面ではないだろうか。何故にうちの校歌。
とはいえ、ツナの常識などリボーンが訪れてこの方、全くと言って良いほど通用した例がない。期待などする前から先手先手で裏切られていくような人生。あまり慣れたくもない。
一糸乱れぬ歌声は矢鱈と野太い。ツナも仕方なくウロ覚えの校歌を小さく口ずさんだが、一人だけ音域が違う所為で間違えた日には悪目立ちしてしまいそうだ。唇を僅か吊り上げ、それなりに満足そうな雲雀が緩慢に腕を上げ、隣に座るツナの髪を犬にでもするように乱雑に掻き混ぜる。もしや誉めて頂いているのだろうか。
……隣なのだ。どういう風の吹き回しか、風紀委員長が飛び入り参加者に指示した席は、御自らのソファーだった。光栄なのだろうが嬉しくない。他の人達が皆立っているのに悠々とソファーで寛ぐ胆力とは無縁なツナである。
せめて対面がいい。なんでわざわざ同じソファーに並んで座らにゃならんのだ。端の端に寄って腰を掛ければ途端不機嫌になってトンファーを取り出そうとするし、全く訳が解らない。
目の前のローテーブルには誕生会の定番、蝋燭の灯ったケーキが置かれている。……五段重ねの、ウエディングケーキ並みに豪華なものだが。ツナの頭より高い所で揺れている蝋燭の数は十本。恐る恐る訊ねてみれば、十歳の誕生日以降は歳を数えていないからだそうだ。この人本当に幾つなんだ。
豪華ケーキの隣には、ツナの持ってきたショートケーキも置かれている。ちんまり。サイズの違いが顕著過ぎて同じ種類の食べ物とは思えない。
 
ああ〜 ともに歩もう並盛ちゅぅー ……
三番までの校歌フルコーラス(長い)が終了した所で、ソファでふんぞり返っていた雲雀が初めて立ち上がった。あ、蝋燭を吹き消すんだよね。あの委員長がどんな顔して蝋燭にふぅふぅ息を吹きかけるのか、微笑ましい光景を予想してにっこりしたツナの期待は矢張り打ち砕かれる運命。
スチャ。
「!!?」
何でトンファー構えてんのーーー!?
袖口に仕込まれていたトンファーを手にすると、風紀委員長は斬り込むような鋭さでケーキの上層部分を薙ぎ払った。ひゅ。風圧で火が消えたのと同時、蝋燭そのものも一閃によって弾き飛ばされる。途端に、委員一同から割れんばかりの拍手が注がれた。そんなところだけ誕生会風。
「ぅわぷっ!?」
蝋燭と、トンファーに少し削り取られたケーキの表面がツナの顔を直撃した。避ける間もない。ホイップクリームが、すごく、べたべたする……。
手の甲を使って必死でごしごし拭っていたら、草壁がハンカチを手渡してくれた。
「あ、有り難うございます……」
怖い顔にも関わらず、意外と親切だ。
そんな草壁とは対照に、ツナに及ぼした被害など一顧だにしていない雲雀は
「ケーキ撤収」
顎をしゃくり、あくまでもマイペースに指示を飛ばす。
「はっ!」
委員達は軍人のような調子で応答する。ケーキを載せた台座を四人がかりで持ち上げ、手際よく部屋の外に運び出したかと思いきや、そのまま全員ぞろぞろと出ていってしまった。
「あれ?ケーキ食べないんですか?」
てっきり皆で切り分けてケーキを食べるのだとばかり思っていたツナは目を丸くする。確かに、全員で食べても消費しきれない大きさだったが……。
「うん」
雲雀は眉を顰めると、ツナの手から草壁のハンカチを取り上げた。
「小さく切り分けて、町内の有力者や主だった商店主に配ることになってるんだよ。その為に大きいケーキを手配させたんだから」
ハンカチでトンファーを磨きながらそんなことを言う。
「はあ……」
確かに、雲雀恭弥と風紀委員会は並盛の影の支配者だ。病院長をぺこぺこさせたり、ゲーセンからミカジメ料を巻き上げたりしていたのをツナも目撃したことがある。屍の上にしか立てないだのと口では横暴なことばかり言っているが、上に立つ者としてそれなりの気配りや根回しもしているのだろうか。
「一切れ五万で買ってもらうんだけどね」
「高ーーーーー!!」
やっぱり横暴で理不尽だった。押し売りかよ!
「ちなみに、ケーキの購入代はおいくらくらい……」
「あんなのタダで作らせたに決まってるじゃない」
「そ、そうですね!」
全額ボロ儲け!?
「ふん、五万くらい。誕生日プレゼントと思えば安いものだよ」
「はは、は……」
このヒト意外に誕生日エンジョイしちゃってるーー!!
祝いを渡そうと思い立った時は、誕生日なんか関係ないといったストイックな反応が返ってくるのではないかと不安に思っていたのだが。杞憂で良かった……のかな?
ツナは一気にがらんとしたローテーブルを眺め、目元を緩めた。巨大ケーキが持ち去られた後、机の上にはツナの持ってきたケーキだけが鎮座している。脇に添えられたフォークが、その後の運命に期待を抱かせる。
にこにこケーキを眺めていると、突き刺さるような視線が注がれるのを感じた。吃驚して顔を上げれば、未だ立ったままの雲雀が凝とツナを見下ろしている。ツナからの視線に気付くと更に眼をぎらぎらと物騒に輝かせ、無意識の所作なのか下唇を舐めている。こ、怖ぇー!!
「あ!あのあの、それじゃ僕もこれで……」
思わず人称も変わるくらいビビリりながら、ツナは慌ててこの場を逃げ出そうとした。それが逆に何かのスイッチを入れてしまったのだろう。
「まぁ待ちなよ。まだ誕生会は終わってないんだから」
「え?」
にたりと笑んで、ツナの肉付きの薄い肩へ両の手を乗せる。上体を捻るように雲雀の方を向かされ、訳が解らないながらもますます怖くなってきた。
「だって皆さん、出てっちゃいましたけど……?」
会はお開きになったのではないのか。首を動かして左右を伺うが、雲雀と自分以外は誰も残っていない。
「そういえばね、赤ん坊も誕生日プレゼントをくれたんだ」
ツナの質問を丸きり無視して、雲雀は唐突に話題を変えてきた。
「リボーンが?」
解っていても、ツナは流されてしまう。
「そう、今朝うちに来てね。彼、君と同居してるんだって?」
「そうだったんですか?確かに一緒に住んでますけど、あいつ雲雀さん家行ったなんて、そんなこと一言も……」
「君、ここに来てから質問ばかりだね」
すみませんと震える声で謝れば、別に、と返される。口調の素っ気なさとは裏腹に、睨み付けるような雲雀の視線は一時たりともツナの顔から離れない。
意味もなく、赤頭巾の話を思い出した。質問を続けていくうちに、引き返せない場所まで追い込まれているのだ。
肩を掴む力は何時の間にか痛い程になっていて、上から押さえ付けられるようなツナは逃げられない。
「あ……、あの」
「ん、何?」
聞きたくないと、頭の中で警報がけたたましく鳴り響いている。しかし、逃げ道はもう完全に塞がれていて、ツナは嫌々その質問を口にした。
「リボーンの……プレゼントって、」
何だったんですか?
口の大きさを訊ねられた狼のように、我が意を得たりと雲雀は破顔した。とても禍々しい表情で。
「殺さない程度に、君を一日好きにしていいってさ」
 
……………リボォォォォォン!!!!!
 
やっぱり酷ぇこと企んでた!やっぱりあいつ悪魔だった!!鬼!!俺の人権どうなってんの畜生!!!!!
道理であっさり部外者を部屋に通した筈だ。最初から手ぐすね引いて待ち構えられていたところに、自ら間抜け面を引っ提げて訪ってしまったと。
じりじりと、少しずつ雲雀が覆い被さってくる。本気で逃げ出そうと体を捩るが、……う、動けない……!!
「いっ、痛いのヤです俺!!」
「そう、じゃあ(多分)痛くないことしようか」
ぎりぎりまで顔を近付け、鼻の先が触れ合う程の位置で喋られる。雲雀の息が頬の産毛を掠めて、ぞわぞわとツナの背に震えが走った。
なんか多分って幻聴が聞こえた!ヒイィ!どどどどうなっちゃうの俺!?助けてリボーン!!!
睫の先に残っていたクリームを、べろりと舐められた。こ、怖っ!!反射的に目を瞑ったが、目玉を舌先で突かれるかと思ってしまった。
「誕生日最高」
「誰か助けてええぇぇぇぇ……………………むぐっ
悲痛な絶叫は中途で呑み込まれ、ただでさえ休校日、誰の耳にも届くことはない。
 
暗転!!
 
 
 
 
 
〈完〉
 ← Allora.

ちょっと自分でも吃驚するくらいつまんないので、お蔵入りにしようかとも思ったんですが……(-_-;)
折角書いたので勿体ないからアップ。私の人生こんなのばっかです(挫折と妥協)。風紀委員整列とかトンファーで蝋燭消す委員長とか、寧ろ漫画で見たいんですよねぇ、個人的に。