「最初から、俺は大それた野望なんて抱いちゃいません」
いつまで経っても獄寺が土下座の姿勢を崩そうとしないので、ツナは仕方なく制服を着ながら彼の話を聞くことにした。失礼な気もしたが、着替えが終われば獄寺も顔を上げるだろうし、ツナだって同年代の男子にこれ以上下着姿を見られたくない。
「勝負を挑んだのは、あなたが仰ぐに足る主君か見定めるつもりだったからです。……今なら、俺の烏滸がましさがよく解ります。あなたは俺の想像を超えた御方だった」
「買い被りすぎだよ……」
何か大きな誤解が生じている。ただツナは逃げ回って、ダイナマイトを消して回って、それも自力じゃなく死ぬ気弾のおかげだったのに。
「負けた奴が勝った奴の下につくのがファミリーの掟だぞ」
「だから勝ったも負けたもないんだってば!」
ブラウスのボタンをのろのろと留めながら、ツナは無駄に事態をややこしくしようとする家庭教師に噛み付いた。不幸なことに、ツナの主張はリボーンにも獄寺にも通じていなさそうだが。
溜息を吐いたツナは、最後にスカートの裾を引っ張り、紅色のリボンタイを巻いて。
「ねえ、獄寺君。顔上げてくれない?」
主君の穏やかな声に促された獄寺が恐る恐る頭を上向かせれば、着替えの終わったツナが困惑も露に苦笑していた。
「あの、悪いんだけど、俺マフィアとかは」
だから普通のクラスメイトとして……ツナが続けようとした言葉は、獄寺によって半ばで遮られた。
「あなたがどんなつもりでも」
言い募るような強い声の調子に、怒らせてしまったのかとツナはつい竦んでしまう。それを察した獄寺が険しい顔を僅かに哀しげなものに変えたのを見て、ますます申し訳ないような気持ちになった。
「救って頂いた恩に報いる為にも、俺は十代目にこの命捧げるつもりです。それだけは覚えていて下さい」
獄寺の声は真剣そのものだった。だからこそ、ツナは何も言い返せなくなってしまう。価値観があまりにも違いすぎる。日本で穏やかに生きてきたツナには到底受け入れられない理屈や概念だが、軽々しく否定してしまうことも出来ない、気がする。
獄寺の剣幕に押される形で、ツナは口を噤むしかなかった。
 
 
 
ツナの持っていた弁当は、今の騒ぎの途中で地面に放り出され、すっかりぐちゃぐちゃに具の形を崩していた。
「うーん……食べれなくもないみたいだけど」
既に昼休みは半ばを過ぎている。仮に弁当が無事だったとしても、今から全部は食べきれないだろう。朝ご飯も満足に食べていないツナとしては、昼飯まで抜きというのは辛いものがあるのだが。
「パンでも買ってテキトーに食えばいいだろうが」
「あっ、そうだね。じゃあ俺、獄寺君の分も買って来るよ!」
リボーンに促され、ツナは急いで購買部へ赴くことにした。
校舎裏には、マフィアの男二人だけが残される。立ち去るツナを見送り、その姿が非常口から校舎の中に消えるのをその目で確認してから、初めて獄寺は立ち上がった。
「……本当に構わねえのか、獄寺」
リボーンの声には抑揚がなく、質問というよりも確認じみた響きがある。獄寺も迷いなく頷いた。
「はい。あの方は誰よりもボスに相応しい……俺はそう思います」
「二度とはない出世のチャンスだろうに」
リボーンがボンゴレに手配させたのは、表向きは十代目候補者の補佐役、実際はツナがボンゴレを継がない場合の夫候補である。
組織の中でも特に若く前途が有望な者を選出した結果、ボンゴレ所属前から悪童スモーキン・ボムとして名を馳せていた早熟の天才に白羽の矢が立った。獄寺とてイタリアから送り出される際、ある程度の因果を含まされていた筈である。
「ボンゴレの世襲制は徹底されているからな。こんな機会でもなけりゃ、血族以外が組織の頂点に立つことは不可能だぞ」
ツナが伴侶に堅気の男を選ぶようなら、組織は事情の一切を説明せず子供だけを連れ去るだろう。しかし元からボンゴレの組織内部にいる獄寺は立場が違う。
「次代が生まれりゃその後見として、いやガキの生まれる前でも絶大な権力を約束される地位を、そう簡単に放り出せる理由は何だ?」
「……十代目に申し上げた通りです。最初から分不相応な野望なんか抱いてません」
「ハッ、なら何故テメーは日本に来た?」
獄寺の答えは一笑の元に切り捨てられた。リボーンはふくふくした赤子の顔に薄く笑みを刷き、声には面白がる響きがある。しかしその小さい体の発する威圧感は、幾つもの修羅場を掻い潜ってきた獄寺をも竦ませる。今彼が対峙するのは裏社会で最も恐れられる殺し屋なのだ。無意識に、獄寺は体の横で拳を握った。
「確かに!……次代後見の座は魅力的です。俺だって欲がない訳じゃない。最初にご本人を見た時は、この世界で生きていける人ではないとも感じました」
そこまで言って何を思い出したか、少年らしいあどけなさを残す頬を紅潮させる。
――まあ読心術を持つリボーンにはお見通しなのだが。悪童といえど12歳の少年、なかなか可愛らしいことだ。
「誰かが庇って差し上げねばならないなら、俺がその役になろうとも思いました。勝者が敗者を従えるのが掟。俺に力で敵わないと知れば、あの方も後継者の座は諦めるに違いないと」
あの間抜けな出会いはリボーンの仕組んだものではない。しかし面白い展開ではあった。あの時点では主君としてよりも、異性としてツナのことを意識していただろう。
「俺が間違ってたんです。あの方は、十代目は俺なんかの尺度では計れない方です」
その意識が簡単に逆転した。それに関してはリボーンの計算通りではあるが。
「あれ程のお力を持つなら、生意気な俺を叩き伏せても構わなかった筈です。それどころか、ご自分の身を挺してまで馬鹿な俺の命を救って下さった。あの勇気、器の大きさ……本当に感動したんです。俺は自分が恥ずかしい」
獄寺は目尻に力を込め、リボーンを睨み付けるようにした。ツナは未だに誤解したままのようだが、その表情が表すのは怒りではなく、獄寺の決意である。
この半日観察するだけでリボーンの眼力は、粗暴で斜に構えた態度に反して、この少年が律儀で生真面目な気質の持ち主であると看破している。
「俺は部下としてあの方を支えたい。リボーンさんは、あなたは十代目の資質についてどうお考えなんですか」
質問というより強要だ。或いは告白か。これでツナが相応しくないと告げようものなら、後先考えずすぐにでも攻撃してきそうな思い詰め方をしている。欝陶しいことだ。
「俺の意見が関係あるのか?てめえがそうと決めたなら、信じた道を貫くだけだろうが」
まともに取り合わず、リボーンは踵を返した。
「そう……そうですね。その通りです」
重石を飲み込んだような、苦し気な返答が背後から聞こえてくる。見えないのを幸い、リボーンはにやりと唇の端を歪めた。少年の決意の堅さは承知していたが、口に出して宣誓したことで獄寺も己の感情を愈々明確に自覚しただろう。
多少の誤差はあったが、大体がリボーンの筋書き通りに話は進んだ。
これ以上の用はない。会話の続行をリボーンは背中で拒絶し、獄寺も無理に引き止めることはしなかった。
 
 
 
ツナが後継者として相応しいか。獄寺と違い、教育者たるリボーンが結論を出していない現状だった。
少々の誤差。黒衣の家庭教師は教え子の気質の中で、持田絡みの一件で見せた負けん気の強さを特に評価している。先程死ぬ気弾を撃った時も、拳を振り上げ獄寺に立ち向かっていくだろうと予想していた。
しかし実際のツナは敵に対して手を上げることなく、獄寺もリボーンとは真逆に、ツナの穏健な部分を高く評価した。
特に秀でた所もない、何の取り柄もない少女だ。だからこそか。この凄腕家庭教師をして、どうしてもあと一歩の部分で読み切れない。
「面白えじゃねーか、なぁ?」
二階の廊下の窓枠に佇み、リボーンは階下の様子を睥睨した。地面が抉れ、焦げ跡の点々と残る校舎裏では、銀灰の髪の少年が呆と立ち尽くしている。
「おまたせ、獄寺君!」
そこに、ビニール袋を抱えた少女が駆け寄って行った。弾かれたように獄寺は顔を上げ、頻りに恐縮しながらビニール袋を受け取ろうとする。それにツナが遠慮して、奪い合いに似た膠着状態に陥っている。
その緊張はツナが獄寺の分のパンだけを差し出したことで一旦解消されたが、次はどちらが代金を払うかで口論が始まった。俄か主従の息が合う日は遠そうな気配だ。わたわたと大袈裟な身振りで混乱を表すツナは、仕草の端々から愛嬌が零れ落ちているようである。
知らず知らずのうち、リボーンは眼を細めていた。
 
 
 
 
 
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某所のいちごスレで昨夜、トースト咥えたツナたんが曲がり角でぶつかるのは誰が相応しいかで論争が起こってて、タイムリーさに嫌な汗かいた…(-_-;)
そしてGの名前が上がらないことに泣いた(笑)。